注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
日本であまり筋肉内注射が行われない理由とその問題点
日本においては不活化ワクチンの大半が「皮下注(のみ)」もしくは「皮下注または筋注」として認可を取得している。厚生労働省の予防接種ガイドライン(1)においても、麻疹・風疹・Hib・日本脳炎・肺炎球菌結合ワクチン7価・インフルエンザ・DPT・DTなどヒトパピローマウイルス・A型肝炎・B型肝炎を除くすべてのワクチンを皮下注射で行うよう規定している。それに対し、欧米諸国にかぎらず多くの国では、ワクチンは筋肉内注射で投与されていることが多い。Centor for Disease Control and Prevention(CDC)(2)では、麻疹・風疹・水痘・流行性耳下腺炎・日本脳炎・肺炎球菌ワクチンは皮下注射を、A型肝炎・B型肝炎・インフルエンザウイルス・DPT・DTでは筋肉内注射を推奨している。
このような世界情勢に反して日本国内でワクチンの筋肉内注射が避けられてきた原因としては、1970年台に社会問題となった“大腿四頭筋短縮症”がある。かつての日本では小児に対し風邪や下痢などの治療として頻回の筋肉内注射が行われていたが、そのことが原因で膝関節が曲げられず、脚がつっぱったまま歩行や正座ができない幼児が多発し、1977年の厚生労働省の調査では大腿四頭筋短縮症の患者は4119人にのぼった(3)。しかし、そのときに投与されていた薬剤としては抗菌薬と解熱剤がほとんどであり、ワクチンとの因果関係は示されていない。
ワクチンは十分な免疫応答が得られ、かつ局所の組織や神経、血管の損傷を最小限にするよう投与されることが望ましい。不活化ワクチンは抗原に対する免疫応答を増強するためのアジュバントが添加されているが、アジュバントを添加されたワクチンは、皮下注射や皮内注射だと刺激が強く、皮膚の硬結・脱色・炎症・肉芽腫の形成をきたしやすいため、一般的に筋肉内注射での投与が推奨される(4)。実際、1999年にMark らによって行われた10歳の児童におけるbooster DT接種方法の比較検討(5)では筋肉内注射と皮下注射では抗体価に有意に差はみられなかったが、副作用は筋肉内注射の方が有意に少なかった。2006年Cookらによって行われた65歳以上もしくは基礎疾患を有する60歳以上の高齢者へのインフルエンザワクチン接種方法の比較検討(6)においても、筋肉内注射の方が副作用は有意に少なく、抗体価においては筋肉内注射の方が有意に高いと報告されている。
以上より、日本であまりワクチンの筋肉内注射が行われない理由として大腿四頭筋短縮症という背景があるが、諸外国の動向や皮下注射の筋肉内注射との比較検討を見ると、皮下注射の方が副作用をおこしやすく、またワクチンの筋肉内注射により大腿四頭筋短縮症を発症したという報告も検索した限りでは存在しない。日本小児科学会でも小児のワクチン接種について筋肉内注射を承認するよう厚生労働省へ要望書が提出されるなど、一部の専門家の間でワクチンの筋肉内注射を推奨する動きが出てきている。したがって、数々の臨床研究において筋肉内注射の方が有用であると報告されているワクチンについては、日本でも筋肉内注射を承認していくべきではないだろうか。
参考文献
-
厚生労働省予防接種ガイドライン, 2005改編最終閲覧日2013/11/13 http://www.mhlw.go.jp/topics/bcg/guideline/1.html
-
Centers for Disease Control and Prevention最終閲覧日2013/11/13 http://www.cdc.gov
-
日本小児科学会筋拘縮委員会, 筋拘縮症に関する報告書, 日本小児科学会雑誌87巻6号
-
Plotkin et al. Vaccines. 5th ed. Elsevier; 2008. SECTION I, Chapter 7: General immunization practices: Route of administration
-
Mark A et al, Subcutaneous versus intramuscular injection for booster DT vaccination of adolescents,Vaccine 1999;17;2067-2072
-
Cook IF et al, Reactogenicity and immunogenicity of an inactivated influenza vaccine administered by intramuscular or subcutaneous injection in elderly adults, Vaccine 2006;24;2395-2402
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。