サー・アレックス・ファーガソンの素晴らしいところは、その進歩性にある。このやり方ではダメだ、と分かると新しいやり方を大胆に取り入れ、さらなる進化を目指す。一つの戦術、戦い方にこだわらない。
90年代頭までのManUはそれほどパッとしないチームだった。ライアン・ギグスがデビューした頃のことで、技術に対する信頼は、他のイングリッシュ・チームよりは強かった。でも、パス・サッカーへの信頼はまだまだで、それは隣のリバプールの方が断然素晴らしかった。リバプールはスコッツが多くてイングランドの中ではだんぜんショートパスが上手かったのだ。もっとも、それは国内の話で、例えばジーコのフラメンゴとかには全然通用しなかったけれど。
いずれにしても、技術で劣ると思われがちなイングリッシュチームだが、海外にも引けを取らない技術は二つある。それはドリブルとシュートだ。ウイングとストライカーだ。ManUであればジョージ・ベストとサー・ボビー・チャールトンの流れである。ファーガソン初期であれば、ギグスとマーク・ヒューズだ。
欧州サッカーがプレッシングに傾き、ファンタジスタ受難の時代となり、奇妙なことに相対的にはイングランドと大陸の技術差はそれほど大きくなっていなかった。要するに、当時はイタリアのサッカーが一番で、それはミランに代表されるプレッシング・サッカー、走り回るサッカーだった。90年代、ManUはカップ・ウィナーズ・カップでバルサを破るが、あのころのバルサはよいチームではあったが、ファンタスティックではなかった。そして、クライフのバルサがカペッロのミランにコテンパンにされて、しばらくプレス・サッカーの時代が続く。
ファーガソン・ManUは国内レベルでは技術が高かったが、それでもリバプールにはいいようにパスをまわされたし、後にそれはベンゲル・アーセナルとなった。しかし、カントナが入ってからファーガソンはスキルフル・サッカーを積極的に取り入れるようになる。ベッカム、スコールズといったスキルフルな選手を育て、ファンニステルロイやCロナウド、ベルバトフといったスキルで勝負する選手を選んでいく。しかし、そのスキルはやはり(ロナウドのような)ドリブルとシュート、そして(スコールズやベッカムのような)ロングパスのスキルであった。ショートパス・スキルは、アーセナルにやらせておけ、という感じであった。
が、そのManUはショートパスサッカーで圧倒的なボール支配をするバルセロナに完膚なきまでに、それも2度も叩きのめされてしまう。言い訳しようのない圧倒的な負け。Cロナウドも、ギグスもスコールズのスキルも全然歯がたたない。
ファーガソンはほぼ世界一負けず嫌いの監督で、やられたらやりかえすタイプである。そのために、自分の信念や戦術を変更することも平気なタイプである。だから、ファーガソンは香川を選んだ。国内リーグであれば、香川は必要ない。しかし、ヨーロッパで勝つにはショートパスで真ん中から切り裂くことのできる香川のような選手が必要だ。
モイーズは残念ながら、プレミア優勝どころかFAカップの優勝でも満足してしまいそうな監督である。自分の戦術に固執してしまうタイプである。カップ戦の戦い方は確率的だ。サイドからドリブルで持ち上がり、クロスを上げる。ストライカーが、何度もアタックして確率的に得点する。得点したら、それを守って勝ち上がる。FAカップはこれで確率的には、とれる。
しかし、このやり方だとヨーロッパでは絶対に勝てない。レアルにもバルサにもペップ・バイエルンにも勝てない。いや、たぶんアーセナルにも勝てないし、今年のリバプール、シティーにもすでに負けてしまった。フェライニなんて、バルサやバイエルンにいいようにやられてしまう、かっこうの餌食である。つぎにアウェーでチェルシーとやる時はモウリーニョは遠慮なく、自信たっぷりにモイーズ・ユナイテッドを叩きにいくのではないか。
ウエストブロム戦の前半はキャリック、香川、ルーニーの縦のショートパスの交換が上手くいっていた。ところが、後半香川は外され、外からのドリブル、サイドアタックばかりになってルーニーのマークは簡単になる。ルーニーの周りには数人のDFが常について、このチームで唯一元気な男は消されてしまう。ヤヌザイはドリブルでなんども攻め上がるが、それはいつもの「確率に賭ける」サッカーに過ぎない。
日本人としては、香川がドルトムントに戻った方が彼のためにはよかろうとは思う。しかし、30年近くManUファンをやっている身としては、この交替を、いや後退をとても残念に思うのである。モイーズがファーガソンから学ぶとすれば、よい意味で節操をなくすこと、その一点なのだが。
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