10月19日に、姫路市女性医師懇談会で講演しなければならない。どうしてぼくにそういう話がくるのかよく分からないが、神戸市・兵庫県内の依頼はできるだけお受けしているので、ちょっと復習(さら)っておく。
最良のワークライフバランスとは、ワークライフバランスなんてことについていちいち誰も考える気にすらならないような状態のことを言う。どのくらいがワークで、どのくらいがライフか、一所懸命考え、検討しなければならない状態とは、うまくいっていない状況にほかならない。自分とその周辺にい る人たちの幸福度が最大になるような状態になっていれば、それはバランスのとれている状態だ。そして、ここが肝心なのだが、そのバランスのとれた状態は各 人、各組織、各家庭によって同じではない。したがって、それは外的に観察しても、何が最適なんだかさっぱり分からない。
この、「同じでなければならない」という同調圧力が、快適な労働環境、快適な家庭環境にとっては最大の敵である。そして、その圧力は誰もが損をし、全体のパフォーマンスを下げてしまうのである。
みんなが夜討ち朝駆けで病院にこもって睡眠や食事を削りに削って診療や研究に従事することをデフォルトとし、そこに一切の例外を認めなければ、「ついていけ ない」人は一人、また一人と立ち去っていく。残された者たちはさらにきつい仕事を強いられる。みなが悲痛な表情で歯を食いしばっているので、新しいメン バーも入ってこない。一番下っ端がそうとうシニアなドクターとなり、「早く下が入ってこないかなあ。なんで俺の歳になって一番の下っ端なんだ」と不満たら たらである。もちろん、そこには新規のメンバーは入ってこない。入れば、その悲痛な下っ端が自分になってしまうことは明白だからだ。そして、それは新たな 悲痛な下っ端が入ってくるまで続く。昔ジョジョにそういう木のスタンドがありましたね。
家庭を顧みずに仕事に没頭し、家庭内の雰囲気も悪くなればさらに気分はギスギスする。こうなると悪循環だ。
ただし、ぼくは家庭を顧みず、仕事に没頭するような仕事のあり方は、「あり」だと思っている。各人、各家庭によってそれぞれのコンフォートゾーンは異なるからだ。他人にはそれは簡単には分からない。
いつだったかの「グラゼニ」にもあったが、例えば優れたアスリートのパートナーとかは、とても大変で、かつやりがいのある仕事だと思う。アスリートのパ フォーマンスを最大限に保つべく、栄養や休養を調節し、気分よく仕事に没頭できるよう全力を尽くす。その結果は、誰にも分かりやすい形で現れる。そのパー トナーの「内助の功」は金銭化された形では現前しないかもしれない。あるいは第三者の称賛は必ずしも大きくないかもしれない。しかし、そのアスリート自身 がパートナーの存在を必要不可欠だと絶対的に感じている場合、それは実に素晴らしく幸せな労働の形ではないか。なによりも、それは代替不可能な「あなた」にしかできない偉業ではないか。そのとき、ワークライフバランスなんて実に 空疎な言葉になるではないか。それは外的には一人が100%のワーク、もう一人が100%のライフということに規定されるが、もちろんそういう話では、ない。
なんて、ここでむかついているフェミニスト諸氏もいるかもしれないが、当然そのアスリートは女性であってもよい。その女性のパフォーマンスが最大になることが自身にとっても最大の喜びとなるのである。実例はやまほどある。
こういうときの家庭の労働(すなわち家事)は、マルクス的な負の要素だけでできた労働ではない。労働は苦痛な要素もあるが、快楽の要素もある。部屋がきれい になれば快適だし、美味しい料理の献立を考え、買い物をし、料理をし、美味しい思いをして家族も美味しく楽しい食事ができれば、それも快楽だ。洗濯物をき れいにたたみ、ピシッとアイロンをかけるのも快楽だ。もちろん、それは全面的な快楽とは言えないが、家事を苦痛とのみ規定するのは、家事の楽しみを知らな い人で、もったいない話である。
こういう話をすると、「それはおまえがたまにしか気まぐれにしか家事をしないからだ」などと見てきたようなこと を言う者もいるが、見てない者にそんなことを言う資格はもちろん、ない。エフォート何%開示、みたいな個人情報を開示を強いられ、踏み絵にかけられるのも まっぴらごめんだ。
というか、そもそもエフォート何%などということはいちいち考えなくてもよい状態でなければ、それは収奪になってしま う。家事がデフォルトで苦痛としかとらえていないから、パートナー間で何%のエフォートでなければならないのか、という厳密なルールや規定や、デフォルト なあり方(同調圧力)が生じるのだ。権利の奪い合いになるのだ。与えれば与えるほど楽しい、という感覚を知らない者の、不幸な収奪モデルだ。
繰り返すが、ワークライフバランスな んて考えなくてもよいコンフォートゾーンがあるべきワークライフバランスだ。ワークライフバランスという言葉が消滅するのが、理想的なワークライフバラン スのゴールだ。同様の理屈で、家事の分担何%なんてルールを決めたり、考えたりすらせず、むしろ余剰をもってより多くの家事を喜びとする感覚が最大化され ている状態が、「その家庭」にとっては望ましい状態だ。そして、それは個別の状態であり、コンフォートゾーンの一般化は不可能であり、したがって第三者的に査定が不可能なもの である。そんなものは、余計なお世話というものだ。
夜討ち朝駆けで苦痛いっぱいのオフィスは、結局立ち去り型のオフィスであり、そこには未来がない。梁山泊的にいろいろな人が入っており、それがウェルカムな状態が望ましい職場である。
例えば、世の中には体力がない医師もいれば病気持ちの医師もいる。体力が1の医師と、体力が100の医師では、その「全力」が示すものは異なる。体力1の医 師に100のパフォーマンスを期待するのは、過剰な期待である。しかし、1の医師を排除すればふたりの合計は100でしかないが、迎え入れればそれは 101である。どちらがチームのパフォーマンスをあげるかは、簡単な話である。
しかも、それはたいていは相乗的であるから、パフォーマンスは実際にはもっ と上がる。梁山泊もそうだが、人の能力は多様に発揮され、どのような方向で、どのような方法で発揮されるかは簡単には分からないからだ。上の例では分かり やすく数値化してみたが、実際のチームパフォーマンスは数字では計量できない。
もともと医療は、病に苦しむ者に心を寄せる営為である。疾患 だけが独立してボンとベッドに寝ていることはまれであり、そこには介護の問題、家庭の問題、金銭の問題、人間関係の問題など、さまざまな社会的な問題が同 居している。そのような社会的な問題が同居している患者が、我々の営為の対象である。であれば、我々の組織そのものがそのような社会的問題を内包できなく て、なにが共感的な医療であろう。外的に共感(したふり)をして、内的に排除するなんて二重基準はありえない。
医療者もまた社会的な存在だ。自らが病み、あるいは家庭に 小児や高齢者や病人がいる場合、そのワークロードが軽減されるのは当然だ。そのとき、括弧付けの「ワークライフバランス」はよりライフのほうに傾く(ただ し、あくまで括弧付けのそれであり、いちいち計量化は、実際にはしない)。心の病でなかなか動けない者もいる。そういう人たちも排除せず、積極的に受け入 れ、居場所を提供し、そして多様な集団を全面的に担保する。同調圧力に抗い、「他人と自分が同じでない」ことが当然であると感得される。他者を十全に認め て、初めて自分も十全に認められる。
ぼくも長い間勘違いしていたが、個々のプアパフォーマーは積極的に許容したほうがよい。チームの中には パフォーマンスのよくない者もいる。やる気(ミッション)のベクトルが同じでない者もいる。崇高なミッションを抱いて医療にのぞむ医療者ほど、そういう人物 を嫌い、排除しがちである。同調圧力の言い訳にしがちである。アメリカの企業などでは、すぐにリストラの対象になる。
アメリカではすぐにミッション、ミッション言いたがる。それをシンプリスティックに真似したがる日本人も多い。白状すると、ぼくもそうだった。集団のミッションは、構成員のミッ ションを同じくすることだ、とぼくも長く長く勘違いしていた。が、最近はそうは思わない。みんなが同様の能力を示し、同様の考え方を持ち、同じ方向を向いて同じようにパフォームする。そういう集団って実はとっても気持ち悪い集団だからだ(いっしゅの、悪い意味での教団ですね)。コンフォー トゾーンからはかなり外れている。ちょっと間違えると、とことん間違える。
集団がデコボコしている状態が、それぞれ異なる領域に各自の能力を発揮できるほうが、集団としてはより成熟しているし、なによりアクシデントに強い。アク シデントは(へんな言い方だが)医療においては「日常」である。それは梁山泊的に、外的には「へんてこな集団」に見えるかもしれないが、そういう集団のほ うが長生きするのである。
一見、プアパフォーマーにみえても、有形無形の形で他者の、全体の パフォーマンスをあげていることは多い。逆に、コンペテントな人物が二人いて、彼らが反目しあって全体のパフォーマンスが下がることはよく観察するところだ。 「またかよ、しようがないなあ」と他者のプアパフォーマンスをエネルギーにして、チーム全体のパフォーマンスがよくなることも、またよく観察するところ だ。各人のボタンの押しどころはそれぞれ異なるのである。最近流行の「コンピテンシー」とか、きわめて危うい考え方だとぼくは思っている。
というわけで、さらっと復習ってみました。
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