高血圧とか糖尿病とか、いろいろな病気をもっているある患者さんが、両脚がムクムクにして来院されました。ピロリ菌の除菌を行ったあと、腫れてきたというのです。「両脚がむくむ」病気はいろいろあります。心臓の病気、肝臓の病気、腎臓の病気、そしてタンパクの病気など、、、この患者さんにはどの病気もありません。はて?
腎移植後の患者さんが、手が震える、しびれる、めまいがする、お腹がいたい、息苦しい、といろいろな問題を抱えてやってきました。最近、胸のレントゲン写真で異常を指摘され、「アスペルギルス」というカビが生えたのだと言われたそうです。で、治療していたら、だんだん調子が悪くなってきたのです。
心房細動という不整脈の患者さん。心臓の中で血が固まらないよう、ワルファリンという「血液を固めにくくする」薬を飲んでいました。ワルファリンは血液検査で、その濃度を安定させるようチェックするのですが、あるときビックリ!ワルファリン濃度が普段の5倍以上になっていました。ひええ、患者さん、薬飲み間違えたの?そんなことないですよ、先生。でも、最近膀胱炎になって、近所のお医者さんに抗生物質出してもらったんです。ん?
これらは全て、実際に起きた出来事を、患者さんのプライバシーに配慮してすこ~しデフォルメして紹介しています。
薬は、その薬「単独」の効果や副作用ばかりチェックしていると失敗することがあります。多くの患者さんは、1つ以上の薬を飲んでいるからです。そう、AとBという2つの薬がいっしょになると、まるで赤ワインを飲みながらイカの塩辛を食べるように、コーヒーを飲みながらキムチを食べるように、オレンジジュースを飲みながら冷奴を食べるように、「合わないんです」。なに?自分はいつもそうしてる?
一例目は、アダラートという血圧の薬を飲んでいて、ピロリ菌を殺すためにクラリスロマイシン(ランサップという3つの薬集まったシートに入ってます)を飲んだために、アダラートの副作用の「むくみ」が強く出ちゃったものです。両者は「合わないんです」。
二例目は、プログラフという免疫抑制剤を飲んで移植臓器に対応していた患者さんが、ボリコナゾールというカビを殺す薬を飲んで、ボリコナゾールの副作用が強く出ちゃったのです。両者は「合わないんです」。
三例目は、ワルファリンという抗凝固薬を飲んでいた患者さんが、バクタという抗生物質を飲み、そのためにワルファリンの血中濃度がバカ上がりしちゃった話です。バクタのみならず、抗生物質はお腹の中の「よいバイキン」を殺します。で、そのバイキンがビタミンKを作っているのです。ビタミンKはワルファリンに拮抗します。つまり、ワルファリンを「効きにくくしています」。で、抗生物質でバイキンが死ぬと、ビタミンKの量が減り、ワルファリンを拮抗している物質がなくなりますから、引っ張っていた手を離すように、びゅーんと飛んでいき、ワルファリン濃度がバカ上がり、というわけです。
こういうことは、あらかじめ知識をもっており、注意していれば回避できる可能性が高いです。けれども、自分の専門領域の薬だけ勉強していたり、製薬メーカーの情報だけに頼って勉強している医者は、案外こういうことを知りません。
薬はリスク、とよく言います。ひとつよりもふたつ、ふたつよりもみっつの薬のほうがリスクはより高く、それは1+1+1=3となるだけでなく、4にも5にも増幅されるかもしれないリスクです。お薬をやたらめったらもらってはいけないのは、そのためなのですね。
とはいえ!
なにしろ、世の中にはものすごくたくさんの薬がありますから、その組み合わせを勉強して暗記しておくなんて、どんなに優秀な頭脳をもった医者でも無理な話です。ましてや、ぼくみたいにたいした頭脳もなく、しかも年々劣化している頭脳であれば、なおさらです。とほほ、もう男性平均寿命の折り返し地点、過ぎちゃいましたからね。
だから、そもそもの戦略を変える必要があります。最初から暗記に頼ろうと思わなければよいのです。
ぼくは、新しい薬を患者さんに処方するとき、スマホのアプリ、「ePocrates」というのを使います。ヒポクラテスのパロディですね。これは無料アプリですが、ほとんどの医薬品の相互作用(AとBが「合うか」どうか)をチェック出来ます。外来で、数分とかからない作業です。その数分とかからない作業が、患者さんのリスクをヘッジするのです。
ぼくは外来で、スマホとかパソコンとかを使いまくって、自分の知らない情報を調べます。患者さんが飲んでいる薬、民間医療、サプリメント、全部ネットでチェックします。「患者さんの目の前でものを調べるなんて、恥ずかしくないの?」と言われることがあります。ぜんっぜん恥ずかしくありません。しらないのに、知ったかぶり、のほうが何十倍もハジュカシイよ。
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