日本では乳がん検診は40歳以上の方に薦められています。
近藤誠氏は「医者に殺されない47の心得」において、「がん検診は、やればやるほど死者を増やす」と書いています。「乳がん検診の結果は、すべて忘れなさい」とも書いています。その根拠として、誤診による不要な検査、不要な手術の不利益のほうが大きくなるからだ、と主張しています。日本の検診関係者、がん関係者は怒り心頭!蛇蝎の如く、近藤氏を忌み嫌っています。
ぼくは、近藤氏とは個人的な面識はありませんが、彼の抗がん剤は効かない、の主張について「リスクの食べ方」(ちくま新書)という本で、それからインフルエンザワクチンは効かない、という主張に「正論」という雑誌で反論したことがあります(http://ci.nii.ac.jp/naid/40003999686)。いや、これはもう10年以上前の研修医時代の話。
が、近藤氏はよいこともたくさん言っています。「とりあえず病院」という態度はよくない、風邪に抗生物質を出す医者を信用するな。正論です。
彼の本がよく売れているのは、医療において医者が気づいていない問題点を彼がきちんと指摘し、それに患者が「よくぞ言ってくれた」と納得しているからだと思います。
さて、一般に医者からは「暴論」とされがちな近藤理論ですが、乳がんについては彼の言うことも一理あるのです。
がん検診は「誰がやっても良い」ものではありません。特別な事情がない限り、例えば20代や30代の女性は乳がん検診は不要です。男性も実は乳がんになりますが、やはりがん検診は不要と考えられています。検査は完璧ではなく、間違えることがあるからで、検査によって精密検査(乳房の一部を切り取る検査など)の不利益のほうが大きくなるからです(http://wol.nikkeibp.co.jp/article/trend/20130620/155981/?rt=nocnt)。
このへんまでは、あまりモメていません。多くの人は、同意しています。
が、この先は世界中で大モメになっています。
エビデンスをまとめたコクランによると、乳がん検診を2000人の女性に行うと、10年間で1人の乳がん死亡を減らし、その代わりに10人の健康な女性が不要な治療を受けるといいます。日本は欧米に比べると比較的乳がんが少ないので、この問題はさらに大きくなる可能性が高いです(Cochrane Summaries. Screening for breast cancer with mammography. http://summaries.cochrane.org/CD001877/screening-for-breast-cancer-with-mammography)。
がんは一般に歳を取れば取るほど、発症のリスクが高くなります。40代よりも50代のほうが発症しやすいのです。で、40代の女性の場合、ガンの予防と不要な検査・治療のバランスがとれていない、という判断で、アメリカのUSPSTFという団体は、40代の女性にはがん検診を薦めない、という推奨を出しています(http://www.uspreventiveservicestaskforce.org/uspstf/uspsbrca.htm)。しかし、アメリカがん協会、アメリカ産婦人科学会、アメリカ放射線科・乳房画像協会はこれに反対し、40代の女性にはがん検診を薦めています。で、両者の対立は強烈になっており、激しいバトルが繰り広げられているのです(JAMA 2013; 309:2553-2554)。
日本乳がん検診学会は、40代女性の乳がん検診を推奨していますが、「海外のデータは日本では使えない」ことを理由にUSPSTFの推奨とは異なっているようです。では、それに反論するような日本産のデータがあるかというと、それもないのです(http://www.jabcs.jp/pages/uspfts.html)。
したがって、少なくとも40代女性の乳がん検診に限って言えば、近藤理論は必ずしもデタラメではないのです。
とはいえ!
近藤理論のキモは、「がん検診の評価は、「がんによる死亡」を減らすことではなく、「総死亡率」を減らさなければならない。そういうデータは存在しない」です。なぜなら、がん検診でがんを治療して乳がんの死亡者を減らしても、その分よけいな検査や手術で亡くなる人がもっと多かったら、ヤブヘビだからです。
ところが、総死亡率を減らすかどうかを検証するには、普段よりもはるかにたくさんの人を研究に組み込まねばなりません。それが物理的に困難なため、そういう確たるデータは存在しないのです(JAMA 2013; 309:2553-2554)。
でも、言い換えるならば、乳がん検診で「総死亡率が減らない」あるいは「増える」という決定的な証拠もないのです。近藤理論は「あいつの言っていることには証拠がないよ」なのですが、実はその言葉は、自分の身にもふりかかってくる言葉なのでした。
アメリカ人は、このエビデンスのあるなし、にこだわりますが、イギリス人は、「エビデンスのあるなし」という二元論ではなく、「エビデンスの妥当な程合」を検討しました。で、「たしかに40代は微妙だなあ。でも、50歳過ぎたらやっぱり検診の利益のほうが大きいと思うよ」とし、50歳から70歳までの女性に「3年毎の」マンモグラフィーを薦めています。アメリカみたいに、毎年やる必要はないんじゃないの、という感じです(JAMA 2013; 309:2553-2554)。
近藤誠の言うことはみんなデタラメだ、は感情論であり、理知的であるべき医者のとる態度としては望ましくない、というのがぼくの意見です。どの意見がまっとうで、どの意見が微妙で、どの意見がデタラメか。各論的に、クールに議論すべきです。がん検診も同様。どのがんの、誰に対する、どういう検診が、どのくらい効果があって、どのくらい不利益があるか、各論的に、クールに議論すべきなのです。
近藤誠氏は「医者に殺されない47の心得」において、「がん検診は、やればやるほど死者を増やす」と書いています。「乳がん検診の結果は、すべて忘れなさい」とも書いています。その根拠として、誤診による不要な検査、不要な手術の不利益のほうが大きくなるからだ、と主張しています。日本の検診関係者、がん関係者は怒り心頭!蛇蝎の如く、近藤氏を忌み嫌っています。
ぼくは、近藤氏とは個人的な面識はありませんが、彼の抗がん剤は効かない、の主張について「リスクの食べ方」(ちくま新書)という本で、それからインフルエンザワクチンは効かない、という主張に「正論」という雑誌で反論したことがあります(http://ci.nii.ac.jp/naid/40003999686)。いや、これはもう10年以上前の研修医時代の話。
が、近藤氏はよいこともたくさん言っています。「とりあえず病院」という態度はよくない、風邪に抗生物質を出す医者を信用するな。正論です。
彼の本がよく売れているのは、医療において医者が気づいていない問題点を彼がきちんと指摘し、それに患者が「よくぞ言ってくれた」と納得しているからだと思います。
さて、一般に医者からは「暴論」とされがちな近藤理論ですが、乳がんについては彼の言うことも一理あるのです。
がん検診は「誰がやっても良い」ものではありません。特別な事情がない限り、例えば20代や30代の女性は乳がん検診は不要です。男性も実は乳がんになりますが、やはりがん検診は不要と考えられています。検査は完璧ではなく、間違えることがあるからで、検査によって精密検査(乳房の一部を切り取る検査など)の不利益のほうが大きくなるからです(http://wol.nikkeibp.co.jp/article/trend/20130620/155981/?rt=nocnt)。
このへんまでは、あまりモメていません。多くの人は、同意しています。
が、この先は世界中で大モメになっています。
エビデンスをまとめたコクランによると、乳がん検診を2000人の女性に行うと、10年間で1人の乳がん死亡を減らし、その代わりに10人の健康な女性が不要な治療を受けるといいます。日本は欧米に比べると比較的乳がんが少ないので、この問題はさらに大きくなる可能性が高いです(Cochrane Summaries. Screening for breast cancer with mammography. http://summaries.cochrane.org/CD001877/screening-for-breast-cancer-with-mammography)。
がんは一般に歳を取れば取るほど、発症のリスクが高くなります。40代よりも50代のほうが発症しやすいのです。で、40代の女性の場合、ガンの予防と不要な検査・治療のバランスがとれていない、という判断で、アメリカのUSPSTFという団体は、40代の女性にはがん検診を薦めない、という推奨を出しています(http://www.uspreventiveservicestaskforce.org/uspstf/uspsbrca.htm)。しかし、アメリカがん協会、アメリカ産婦人科学会、アメリカ放射線科・乳房画像協会はこれに反対し、40代の女性にはがん検診を薦めています。で、両者の対立は強烈になっており、激しいバトルが繰り広げられているのです(JAMA 2013; 309:2553-2554)。
日本乳がん検診学会は、40代女性の乳がん検診を推奨していますが、「海外のデータは日本では使えない」ことを理由にUSPSTFの推奨とは異なっているようです。では、それに反論するような日本産のデータがあるかというと、それもないのです(http://www.jabcs.jp/pages/uspfts.html)。
したがって、少なくとも40代女性の乳がん検診に限って言えば、近藤理論は必ずしもデタラメではないのです。
とはいえ!
近藤理論のキモは、「がん検診の評価は、「がんによる死亡」を減らすことではなく、「総死亡率」を減らさなければならない。そういうデータは存在しない」です。なぜなら、がん検診でがんを治療して乳がんの死亡者を減らしても、その分よけいな検査や手術で亡くなる人がもっと多かったら、ヤブヘビだからです。
ところが、総死亡率を減らすかどうかを検証するには、普段よりもはるかにたくさんの人を研究に組み込まねばなりません。それが物理的に困難なため、そういう確たるデータは存在しないのです(JAMA 2013; 309:2553-2554)。
でも、言い換えるならば、乳がん検診で「総死亡率が減らない」あるいは「増える」という決定的な証拠もないのです。近藤理論は「あいつの言っていることには証拠がないよ」なのですが、実はその言葉は、自分の身にもふりかかってくる言葉なのでした。
アメリカ人は、このエビデンスのあるなし、にこだわりますが、イギリス人は、「エビデンスのあるなし」という二元論ではなく、「エビデンスの妥当な程合」を検討しました。で、「たしかに40代は微妙だなあ。でも、50歳過ぎたらやっぱり検診の利益のほうが大きいと思うよ」とし、50歳から70歳までの女性に「3年毎の」マンモグラフィーを薦めています。アメリカみたいに、毎年やる必要はないんじゃないの、という感じです(JAMA 2013; 309:2553-2554)。
近藤誠の言うことはみんなデタラメだ、は感情論であり、理知的であるべき医者のとる態度としては望ましくない、というのがぼくの意見です。どの意見がまっとうで、どの意見が微妙で、どの意見がデタラメか。各論的に、クールに議論すべきです。がん検診も同様。どのがんの、誰に対する、どういう検診が、どのくらい効果があって、どのくらい不利益があるか、各論的に、クールに議論すべきなのです。
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