医薬品で一番売れているのは、高血圧の治療薬です。1位はブロプレス(武田薬品)、2位はディオバン(ノバルティスファーマ)。どちらも2012年の売上は1000億円以上という、超ヒット商品です(https://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/43873/Default.aspx)。
ブロプレスもディオバンも、高血圧の治療薬です。高血圧の薬にはいくつかグループがあり、ブロプレスやディオバンはARBというグループに属しています。AKBじゃないですよ。
ARBとはアンジオテンシンII受容体拮抗薬の英語の頭文字をとったものです。レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系というアブラカタブラなおまじないっぽいホルモンの系列に横槍を入れて、血圧が下がるというわけです。
世の中には血圧を下げる薬はたくさんありますが、ではなぜブロプレスとディオバンのようなARBが日本でバカ売れしているのか。まさか、医者がAKBと勘違いしていたとは思えません。
2012年の世界の医薬品売り上げランキングを見ると、日本で1位、2位を独占していたARBは10位以内にも入っていません(https://www.mixonline.jp/LinkClick.aspx?fileticket=8YphFo68LI8%3d&tabid=60)。
世界的には、高血圧の治療薬で一番推奨されているのはサイアザイド系利尿薬です。臨床医学のエビデンスをまとめたデータベース、「Dynamed」でもこれが第一推奨薬です。商品名でいうと、フルイトラン(塩野義)などです。ぼくも外来で血圧の高い患者に最初に処方するのは、たいていこれです。ちなみに、本稿執筆時点でもフルイトラン1mgの薬価は9.6円。最大量の8mgを使っても100円にもなりません(http://www.e-pharma.jp/allHtml/2132/2132003F3039.htm)。3割負担でも患者さんの負担額はとても少なくて済みます。ブロプレス8mg錠が140.40円で、もすこし増量も可能です。どうせ出すなら、お値段が安い薬のほうが患者さんの懐が痛まなくて済むのにねえ。
Dynamedによると、アメリカのガイドラインでは、基本的にサイアザイド系が第一選択、心筋梗塞とかがあればβブロッカー(これも高血圧治療薬のグループ名)、腎臓が悪い時はACE(エース)阻害薬か、ARBとなっています。英国のガイドラインでは、55歳未満であればACE阻害薬かARB、55歳以上であればカルシウム・チャネル・ブロッカー(これまた高血圧治療の薬グループ)かサイアザイド系となっています。日本高血圧学会はなぜかACE阻害薬かARBが第一選択薬で、そのくせACE阻害薬は全然売れなくて、ARBの一人勝ちなのです(http://www.jhf.or.jp/a&s_info/guideline/kouketuatu.html)。ACE阻害薬とARB間には治療効果の差はないと考えられているにも関わらず、です(前田幸佑ら. 降圧薬の薬剤比較. Evidence Update 2013. 南山堂. 12-15)。
まず、なぜACE阻害薬はこんなに売れないのか。ひとつには、副作用の問題があります。ACE阻害薬は、咳を起こしやすいという困った副作用があり、その点でARBが優っているのです。でも、最初に(比較的)安価なACE阻害薬を使って、咳が出なければそれでいく、というのもひとつのやり方です。
そもそも咳というのは、ものが肺に入って行かないようにするための体の防衛能力です。老人になると、咳をする能力が落ちてきて、口の中のものが胃に入らずに間違えて肺に入ってしまうことがあります。それで肺炎になるのです。ACE阻害薬はARBと比べると肺炎を起こしにくくなるという研究もあります(BMJ.345: e4260, 2012)。長所と欠点は裏腹なのですね。
もうひとつ、日本でARBがバカ売れしているのは、日本で行われた大規模な臨床試験で、ARBの効果が示されたからです。Jikei Heart Studyとして有名なこの研究は、慈恵医科大学が中心になって行われ、ディオバン(バルサルタン)を飲むと、心臓病になりにくかったり、脳卒中を起こしにくいことが示されたのでした(Lancet. 2007Apr 28;369(9571):1431-9.)。
ところが!
そのディオバンを使った別の研究、Kyoto Heart Studyが「データに重要な欠陥がある」ことを理由にすでに発表された論文を撤回したのです。さらに、ディオバンを販売しているノバルティスファーマの社員が、データ解析にこっそり関わっていたことも判明し、大スキャンダルとなりました。
そして、上述のJikei Heart Studyもデータが不自然に揃いすぎている、という理由からそのデータの信憑性が疑われています(The Lancet, vol 379, 9824, Page e48, 14 April 2012)。
まあ、この問題はまだ未解明な点が多く、その闇がどのくらい深いのかもぼくには分かりません。
ただ、他の薬同様、高血圧領域においても、日本の医者は製薬メーカーのマーケティングに上手に騙されて高い新薬に手を出していること、その製薬メーカーは、医者たちが信じ込んでいるほどナイーブで患者さんの利益だけを考えているわけではないことは、容易に理解出来ます。
医者って、知能指数が高くて、ついでにプライドが高い人が多いですからね。「自分だけはだまされるもんか」と思っている人って多いんです。製薬メーカーの説明会には出ないように、とぼくはいつも他の医者に勧めるのですが、ほとんどの医者は「いや、俺はメーカーのデータをきちんと吟味できる。だまされたりはしないよ」とおっしゃいます。
でも、「おれはだまされないよ」という信念がある人と、「おれはだまされているかもしれない」と不安に思っている人。どちらのほうが簡単に騙せると思います?実際、Jikei Heart Studyのデータの不自然さに気づいた日本の医者は極めて稀有で、「日本初のエビデンスが出た!」と多くの医者たちは大喜びしていたのです。
ちょっと古いデータですが、2001年にアメリカでは製薬業界が8万8千人ものMR(製薬メーカーのセールスマン)と55億ドルを使ったそうです(マーシャ・エンジェル 「ビッグ・ファーマ」篠原出版新社. 2005)。こうした巨大な人的、金的支出が、製薬メーカーの慈善行為として行われていると考えるのなら、そりゃ、ナイーブな発想にすぎるというものです。それだけの支出をしてもなお、より大きな収益が得られるからやっているんです。ビジネスですから。年間55億ドル費やしても、より大きな儲けが得られるということは、我々医者がどれだけ(データや論文ではなく)マーケティングに騙されて薬を処方しているのかは、あきらかです。
とはいえ!
ARBが使っちゃいけない薬か、といわれるとそういうわけじゃありません。僕自身、自分の患者さんに出していることもあります。
サイアザイド系の薬の最大の弱点は、尿酸値が高い人に使うと、さらに高くなってしまい、痛風発作のリスクを高めてしまうことです。もともと尿酸が高い人や痛風発作を起こした人には、出しにくいです。
ACE阻害薬の咳でこの治療を断念する人は、います。そういうときは、ぼくも無理せずに別の薬に切り替えます。
βブロッカーは心筋梗塞や心不全のある人にはとてもよい薬ですが、フラつきが起きたりして、老人につかうときは転ばないよう、神経を使わねばなりません。
カルシウム・チャネル・ブロッカーは、足がむくんだりして中止することがときどきあります。
というわけで、高血圧の治療薬ってあれやこれやの副作用があって、万人に使えるものはそんなに多くないのですね。比較的副作用が少ない(でも値段が高い)ARBに走りたくなる気持ちも、全然分からないではありません。
でも、やはり何でもかんでもARBというのはちょっと芸がなさ過ぎますね。というか、そもそも高血圧って本当に、そんなに薬で治療が必要なんでしょうか。
そのへんの「そもそも論」も少し考えてみようと思います。
ブロプレスもディオバンも、高血圧の治療薬です。高血圧の薬にはいくつかグループがあり、ブロプレスやディオバンはARBというグループに属しています。AKBじゃないですよ。
ARBとはアンジオテンシンII受容体拮抗薬の英語の頭文字をとったものです。レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系というアブラカタブラなおまじないっぽいホルモンの系列に横槍を入れて、血圧が下がるというわけです。
世の中には血圧を下げる薬はたくさんありますが、ではなぜブロプレスとディオバンのようなARBが日本でバカ売れしているのか。まさか、医者がAKBと勘違いしていたとは思えません。
2012年の世界の医薬品売り上げランキングを見ると、日本で1位、2位を独占していたARBは10位以内にも入っていません(https://www.mixonline.jp/LinkClick.aspx?fileticket=8YphFo68LI8%3d&tabid=60)。
世界的には、高血圧の治療薬で一番推奨されているのはサイアザイド系利尿薬です。臨床医学のエビデンスをまとめたデータベース、「Dynamed」でもこれが第一推奨薬です。商品名でいうと、フルイトラン(塩野義)などです。ぼくも外来で血圧の高い患者に最初に処方するのは、たいていこれです。ちなみに、本稿執筆時点でもフルイトラン1mgの薬価は9.6円。最大量の8mgを使っても100円にもなりません(http://www.e-pharma.jp/allHtml/2132/2132003F3039.htm)。3割負担でも患者さんの負担額はとても少なくて済みます。ブロプレス8mg錠が140.40円で、もすこし増量も可能です。どうせ出すなら、お値段が安い薬のほうが患者さんの懐が痛まなくて済むのにねえ。
Dynamedによると、アメリカのガイドラインでは、基本的にサイアザイド系が第一選択、心筋梗塞とかがあればβブロッカー(これも高血圧治療薬のグループ名)、腎臓が悪い時はACE(エース)阻害薬か、ARBとなっています。英国のガイドラインでは、55歳未満であればACE阻害薬かARB、55歳以上であればカルシウム・チャネル・ブロッカー(これまた高血圧治療の薬グループ)かサイアザイド系となっています。日本高血圧学会はなぜかACE阻害薬かARBが第一選択薬で、そのくせACE阻害薬は全然売れなくて、ARBの一人勝ちなのです(http://www.jhf.or.jp/a&s_info/guideline/kouketuatu.html)。ACE阻害薬とARB間には治療効果の差はないと考えられているにも関わらず、です(前田幸佑ら. 降圧薬の薬剤比較. Evidence Update 2013. 南山堂. 12-15)。
まず、なぜACE阻害薬はこんなに売れないのか。ひとつには、副作用の問題があります。ACE阻害薬は、咳を起こしやすいという困った副作用があり、その点でARBが優っているのです。でも、最初に(比較的)安価なACE阻害薬を使って、咳が出なければそれでいく、というのもひとつのやり方です。
そもそも咳というのは、ものが肺に入って行かないようにするための体の防衛能力です。老人になると、咳をする能力が落ちてきて、口の中のものが胃に入らずに間違えて肺に入ってしまうことがあります。それで肺炎になるのです。ACE阻害薬はARBと比べると肺炎を起こしにくくなるという研究もあります(BMJ.345: e4260, 2012)。長所と欠点は裏腹なのですね。
もうひとつ、日本でARBがバカ売れしているのは、日本で行われた大規模な臨床試験で、ARBの効果が示されたからです。Jikei Heart Studyとして有名なこの研究は、慈恵医科大学が中心になって行われ、ディオバン(バルサルタン)を飲むと、心臓病になりにくかったり、脳卒中を起こしにくいことが示されたのでした(Lancet. 2007Apr 28;369(9571):1431-9.)。
ところが!
そのディオバンを使った別の研究、Kyoto Heart Studyが「データに重要な欠陥がある」ことを理由にすでに発表された論文を撤回したのです。さらに、ディオバンを販売しているノバルティスファーマの社員が、データ解析にこっそり関わっていたことも判明し、大スキャンダルとなりました。
そして、上述のJikei Heart Studyもデータが不自然に揃いすぎている、という理由からそのデータの信憑性が疑われています(The Lancet, vol 379, 9824, Page e48, 14 April 2012)。
まあ、この問題はまだ未解明な点が多く、その闇がどのくらい深いのかもぼくには分かりません。
ただ、他の薬同様、高血圧領域においても、日本の医者は製薬メーカーのマーケティングに上手に騙されて高い新薬に手を出していること、その製薬メーカーは、医者たちが信じ込んでいるほどナイーブで患者さんの利益だけを考えているわけではないことは、容易に理解出来ます。
医者って、知能指数が高くて、ついでにプライドが高い人が多いですからね。「自分だけはだまされるもんか」と思っている人って多いんです。製薬メーカーの説明会には出ないように、とぼくはいつも他の医者に勧めるのですが、ほとんどの医者は「いや、俺はメーカーのデータをきちんと吟味できる。だまされたりはしないよ」とおっしゃいます。
でも、「おれはだまされないよ」という信念がある人と、「おれはだまされているかもしれない」と不安に思っている人。どちらのほうが簡単に騙せると思います?実際、Jikei Heart Studyのデータの不自然さに気づいた日本の医者は極めて稀有で、「日本初のエビデンスが出た!」と多くの医者たちは大喜びしていたのです。
ちょっと古いデータですが、2001年にアメリカでは製薬業界が8万8千人ものMR(製薬メーカーのセールスマン)と55億ドルを使ったそうです(マーシャ・エンジェル 「ビッグ・ファーマ」篠原出版新社. 2005)。こうした巨大な人的、金的支出が、製薬メーカーの慈善行為として行われていると考えるのなら、そりゃ、ナイーブな発想にすぎるというものです。それだけの支出をしてもなお、より大きな収益が得られるからやっているんです。ビジネスですから。年間55億ドル費やしても、より大きな儲けが得られるということは、我々医者がどれだけ(データや論文ではなく)マーケティングに騙されて薬を処方しているのかは、あきらかです。
とはいえ!
ARBが使っちゃいけない薬か、といわれるとそういうわけじゃありません。僕自身、自分の患者さんに出していることもあります。
サイアザイド系の薬の最大の弱点は、尿酸値が高い人に使うと、さらに高くなってしまい、痛風発作のリスクを高めてしまうことです。もともと尿酸が高い人や痛風発作を起こした人には、出しにくいです。
ACE阻害薬の咳でこの治療を断念する人は、います。そういうときは、ぼくも無理せずに別の薬に切り替えます。
βブロッカーは心筋梗塞や心不全のある人にはとてもよい薬ですが、フラつきが起きたりして、老人につかうときは転ばないよう、神経を使わねばなりません。
カルシウム・チャネル・ブロッカーは、足がむくんだりして中止することがときどきあります。
というわけで、高血圧の治療薬ってあれやこれやの副作用があって、万人に使えるものはそんなに多くないのですね。比較的副作用が少ない(でも値段が高い)ARBに走りたくなる気持ちも、全然分からないではありません。
でも、やはり何でもかんでもARBというのはちょっと芸がなさ過ぎますね。というか、そもそも高血圧って本当に、そんなに薬で治療が必要なんでしょうか。
そのへんの「そもそも論」も少し考えてみようと思います。
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