さて、外来によく来る患者に、
「健康診断(健診)で異常を指摘されたので精密検査を」
という患者さんがいます。
でも、その多くはとくに精密検査は必要ない患者さん。ぼくはお話して、検査を追加せずに患者さん(というか病人じゃないけど)にお帰りいただいています。
どうしてこういうことが起きるのかというと、検査の「異常」は、実は「異常」ではないんです。
検査には「基準値」があります。これは100人健康な人を集めて、その大多数に当てはまる数値の範囲、を表したものです。
したがって、健康であっても、この「基準」から逸脱する人も多いです。そして、それは病気でもなんでもないのです。
たとえば、血液の「白血球が高い」という理由で外来に来る患者さんがいます。ほとんどが、「基準値」をちょっと逸脱しているだけで、白血病とも思えず、「別に精密検査は要りません」とお帰りいただいています。メチャクチャ前のめりなドクターは、ここで骨髄検査(骨をグリグリやって骨髄の中を調べる検査)をやったりしますが、患者は痛いし、ちょっとなあ、と思います。
なんか、健康診断ってこんなにたくさん検査してほんとに意味あんの?とたくさんの「健診で異常」の患者さんを見ていると、ぼくは首を傾げてしまいます。
と、思っていたら、「一般の健康診断をやっても死亡率は下がりません」というメタ分析が発表されました(BMJ 2012; 345 doi: http://dx.doi.org/10.1136/bmj.e7191)。やっぱりね。
日本では健診は学校保健安全法とか、労働安全衛生法といった法律が規定しており、大量の人が受診しています。でも、それが日本人の健康と安全にどれだけ寄与しているのかは、確たるエビデンスはありません。確かに病気を早期に発見できるかもしれませんが、早期に発見できれば病気が良くなるとは限りません。検査の間違いで多くの人は「病気」と誤判定されていますし、薬をのむ時間が長くなれば、その分副作用のリスクも増します。どちらかというと、「健診があるから、健診する」という日本医療必殺の得意技、トートロジーに陥っているだけのような気がします。
とはいえ!
では、健診はもう必要ないのかというとそうとは限りません。
例えば、日本の研究でも、健診が「死亡率を減らした」という結論をつけた研究もあります。もともと健診を受ける人と、受けない人では前者のほうが健康的な可能性が高いので、そのへんの事情を勘案して特殊な分析をしています(Prev Med 2010; 51(5):397-402.)。
けれども、研究によって「効く」ものと「効かない」ものがあるのも、なんだかおかしいですよね。
実は医療の研究ってこのように「意見がかみ合わない」複数の研究があるのは、珍しいことではないのです。で、「効く」派の人たちも、「効かない」派の人たちも、自分たちの説に都合の良い論文を引っ張ってきて「俺のほうが正しい」と主張するのです。医者って案外子供っぽいんです、そういうとこは。
いずれにしても、このように研究によって見解が分かれる場合、言えることが一つあります。それは、
健診が死亡率を下げるにしても、下げないにしても、(あるかもしれない)そのインパクトはそんなに大きくはない。
ということです。
また、個々の患者さんだと、健診の恩恵を被ることはあります。例えば、件の「白血球が高い」ですが、よくある理由として「喫煙」があります。タバコを吸ってる人って白血球高めのことが多いんです。で、それを主治医が確認し、禁煙指導にもっていく、という利点がでてきます。
というわけで、健康診断は個々のケースで有用なことはあると思います。が、これを集団に行なうべきもの、と結論付けるにはちょっと弱いなあ、というのがぼくの意見です。個人と集団は分けるべし、なんですね。
大事なのは、立場や党派性を捨てて、ちゃんと患者(市民)の利益のことだけを考えること。健診という「ビジネス」に関与している人はとてもたくさんいます。彼らの私欲のために、健診がいいように利用されていないか、という視点が大事です。そういえば、ああいうのって第三者評価ってあるのかな。
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