注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだけ寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際には必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jpまで
HIV感染症患者の頭痛
HIV感染症では様々な合併症が起こりうる。特にCD4+T細胞数が200/μlを下回ると重度の免疫不全となり、日和見感染や悪性腫瘍など重度かつ致死的な合併症がおこるリスクが高まる。
HIV感染症の患者に起こる頭痛の鑑別診断は、健常者に起こる頭痛の原因に加え、以下のような原因が考え得る。①日和見感染によるもの、②悪性腫瘍の続発、③HIVが原因のもの、④IRIS(Immune Reconstitu- tion Inflammatory Syndrome:免疫再構築症候群)によるもの、⑤抗レトロウイルス療法(ART)の副作用。また、HIV初感染時の急性HIV症候群の一症状として頭痛が見られることがある。
※急性HIV症候群:HIV感染者の50~70%が、初感染の約3~6週後に急性症状を自覚する。HIVの急激なウイルス血症増悪により、発熱、咽頭痛、筋痛、頭痛、発疹、髄膜炎、脳炎などの症状がみられる。1週間~数週間持続し、HIVに対する免疫応答が誘導されウイルス価のレベルが下がるにつれ除々におさまる。
原因検索のアプローチとしては、病歴聴取(下痢・嘔吐といった随伴症状の有無など)、身体診察(神経症状・髄膜刺激症状の有無など)、血液検査、抗体検査、画像検査(頭部造影CT、MRIなど)、髄液検査(髄圧、細胞数、髄液糖・蛋白、IgG産生)、PCRなどがあげられる。
①日和見感染によるもの
A.脳髄膜炎・・・HIV感染患者では様々な原因で脳髄膜炎をきたしうる:ウイルス性(HSV、VZVなど)、細菌性(結核性など)、真菌性(クリプトコックス、アスペルギルス、カンジダ、ムコールなど)
・クリプトコックス症 (C. neoformans)・・・HIV感染患者における脳髄膜炎の主要な原因。亜急性の脳髄膜炎の病像を呈し、約1/3の患者は肺クリプトコックス症を併発する。髄液から墨汁染色で真菌を同定するか、クリプトコックス抗原を検出することで診断される。amphotericinBとflucytosineを2週間続けたあとに、fluconazolを10週間投与する。
B.トキソプラズマ脳症(T. gondii)・・・感染後期合併症で、HIV感染症の続発性中枢神経感染症の主要な原因の1つ。発熱、頭痛、局所神経症状がよくみられる。トキソプラズマに対する抗体が陽性の場合はリスクが高い。造影MRIでリング状に増強され、多くは多発性で周囲に浮腫がみられる。確定診断は脳生検で行う(ただし脳生検はリスクが大きく容易には実施されない)治療はsulfadiazineとpyrimethamineを最低4~6週間投与する。
C.進行性多巣性白質脳症(PML; Progressive multifocal leukoencephalopathy)・・・JCウイルスによって起こる脱髄病変。多巣性の神経症状(意識障害、構音障害、運動失調、不全片麻痺、視力障害など障害される部位により異なる)、痙攣がみられる(頭痛が見られることは少ない)。典型的なMRI像は、多発性で造影効果のない白質病変で融合病変となうこともあり、後頭葉や頭頂葉に好発する(T2で高信号、T1で低信号)。髄液中のJCウイルスDNAを検出する。有効的な治療法はまだない。
D.サイトメガロウイルス感染症・・網膜炎や発熱・頭痛・胸部後部痛、認知症・脳炎などがみられる。多くの場合トキソプラズマ脳症に合併している。CMV特異的IgMの検出、末梢血白血球でのCMV抗原の検出や、血液・髄液などからPCRでCMV DNAを検出する(前房水の硝子体がPCRで陽性であれば特異度が高い)。ganciclovirやvalganciclovirで治療する。
②悪性腫瘍の続発
・原発性中枢神経性リンパ腫(PCNSL; primary central nervous lymphoma)・・・中枢神経軸に発生するB細胞性腫瘍。脳神経障害、頭痛、痙攣発作などの局所神経症状で発症する。MRIまたはCTで径3~5cmの少数病変(1~3か所)が認められ、造影剤によりリング状に増強される。髄液でEBV DNAが陽性。画像上では、トキソプラズマ脳症との鑑別が困難で、しばしば診断がつけられず抗ウイルス薬を投与して経過観察後に診断することがある。
③IRIS (Immune Reconstitution Inflammatory Syndrome:免疫再構築症候群)によるもの
・IRISによる頭蓋内圧亢進・・・抗レトロウイルス療法(ART)開始後に、急速に免疫機能が回復することで、もともと存在していた未治療または治療不完全な日和見感染症が悪化する。潜在する未治療のMycobacterium感染患者にみられることが多い。ART開始後2週~2年までのいつでも起こりうる。局所性のリンパ節炎、発熱、肺への浸潤、頭蓋内圧亢進、ぶどう膜炎、Graves病などをきたす。
④HIV感染症によるもの
・無菌性髄膜炎・・・終末期を除いたすべての病期でみられる。初回感染の急性期には頭痛・羞明・髄膜刺激症状を呈することがある。まれに脳炎による急性脳症や、脳神経症状がみられることもある(多くは顔面神経が侵される、三叉神経や内耳神経が侵されることもある)。他のウイルス性髄膜炎と臨床的に区別がつかず、たいていは2~4週で自然軽快する。
⑤抗レトロウイルス療法(ART)の副作用
zidovudine, etravirin, saquinavir mesilate, tipranavir, darunavir などで報告されている。ART開始後の頭痛ではこれらの薬剤の変更を考慮する。
<参考文献>
「ハリソン内科学 第3版」メディカル・サイエンス・インターナショナル
「レジデントのための感染症診療マニュアル 第2版」青木 眞 医学書院
Up To Date「Approach to HIV-infected patients with central nervous system lesions」updated 3 29,2012
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。