注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだけ寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際には必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jpまで
低体温療法(Therapeutic Hypothermia ; TH)の適応
心停止後の蘇生に成功し自己心拍が再開した場合、全身の虚血とそれに続く再還流により細胞が破壊され、障害が進行すると多臓器不全、ニューロンのアポトーシス、最終的には死へとつながる。この過程は温度感受性であるため、低体温状態にすることで有害事象の進行を遅らせ、脳や心臓を保護するというのが低体温療法(以降TH)の考え方である。THの機序については細胞、動物、人体レベルで研究されているが、まだ完全には解明されていない。THは大脳代謝低下、興奮性アミノ酸の減少、虚血によるCNS脱分極の抑制、活性酸素産生抑制、細胞内シグナル伝達・蛋白合成・遺伝子発現機構の保護、炎症抑制などに関わると考えられている。1) 氷冷輸液などによる速やかな冷却導入で開始し、低体温維持装置を用いて一定時間目標とする低体温を維持、その後緩やかに復温、といった手順で行う。この際シバリング(ふるえ)は体温上昇を招くため、冷却の維持中は鎮静薬や筋弛緩薬投与により防止する。
心停止からの蘇生後の昏睡状態に対し、THの有効性を初めて示したのは、2002年に報告されたHypothermia after Cardiac Arrest Study Group (HACA)による論文、Bernard SA, Gray TW, Buist MDらの論文の2本である。現在のTHの適応、施行基準などはこれらの施行条件がそのまま踏襲されていると言ってよい。ここではまず、その2論文の概要を述べる。
1. HACAによる臨床研究2)
心室細動(VF)による心停止後の蘇生(return of spontaneous circulation ; ROSC)に成功した被験者を、その後24時間TH(32-34℃)を行う群と正常体温の群とにランダムに割り付けた。6ヶ月後、TH施行群では137名中56名(41%)が死亡し、正常体温群では138名中76名(55%)が死亡した。(RR 0.74; 95%CI 0.58-0.95)また、神経学的な改善(CPC1~2で評価)は、TH施行群では75名(55%)、正常体温群では54名(39%)にみられた。(RR 1.40; 95%CI 1.08-1.81)
2. Bernardらの臨床研究3)
VFによる心停止後の蘇生に成功した被験者77名を、12時間のTH(32℃)群と正常体温群に割り付けた。神経学的な改善(自宅療養あるいはリハ病棟への転科を定義とする)は、TH群の49%、正常体温群の26%にみられ、年齢、心停止期間などの因子調整後に算出されたオッズ比は5.25であった。(95%CI 1.47-18.76)
AHAガイドライン2010では心停止後の昏睡患者全てにTHを推奨している。4)しかし、実際に比較的強いエビデンスが存在するのは上述のVFによる心停止後ROSCを呈するケースのみで、VF以外のROSCについては観察研究しかなされていない。観察研究の例を挙げると、ある多施設試験において、VF以外の原因による心停止後ROSCに対するTHと、THを施行しなかった過去のデータとを比較したところTH実施群の方が死者は少なかった。同じような結果を報告した試験は他にも存在する。しかし、いくつかの試験結果では、TH実施による生存率や神経学的所見の有意な改善は認められていない。5) 他の観察研究としては、心原性ショックに対する大動脈内バルーンパンピングとTHの併用例が報告されている。6) 前述した疾患以外で観察研究レベルのエビデンスなどによりTH適応が示唆されている疾患としては、外傷による脳損傷7)、急性脳卒中8)、小児の心停止および新生児低酸素性虚血性脳症9)、外傷による脊髄損傷などが挙げられる。
THはヒポクラテスの時代から考えられていた歴史の長い治療法であるが、機序などの解明は未だに不完全である。エビデンスの高い介入試験の実施数は少なく、適応例によっては目標体温、維持期間、復温方法などに対し意見が分かれている。感染症、不整脈、低カリウム血症、血小板減少といった合併症のリスクや治療コスト、施設の偏在、「結果的な延命治療」をもたらす可能性などTHの課題は多い。2010年にAHAやJRCのガイドラインで大きく取り上げられたこともあり、適応の症例数増加、広幅化が予測される。治療法が普及すれば、より実際的な介入研究のデザインが可能となり、TH施行について良質なエビデンスが得られるかもしれない。今後の展開に注目したい。
[参考文献]
1) Negovsky VA. Postresuscitation disease. Crit Care Med. Oct 1988;16(10):942-6
2) Hypothermia after Cardiac Arrest Study Group. Mild therapeutic hypothermia to improve the neurologic outcome after cardiac arrest. N Engl J Med 2002
3) Bernard SA, Gray TW, Buist MD, et al. Treatment of comatose survivors of out-of-hospital cardiac arrest with induced hypothermia. N Engl J Med 2002
4) Peberdy MA, et al. Part 9: post-cardiac arrest care: 2010 American Heart Association Guidelines for Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care. Circulation 2010; 122:S768.
5) Arrich J, European Resuscitation Council Hypothermia After Cardiac Arrest Registry Study Group.Crit Care Med 2007; 35; 1041
6) Hovdenes J, et al. Therapeutic hypothermia after out-of-hospital cardiac arrest: experiences with patients treated with percutaneous coronary intervention and cardiogenic shock. Acta Anaesthesiol Scand 2007; 51:137..
7) Jiang JY, et al. Effect of long-term mild hypothermia or short-term mild hypothermia on outcome of patients with severe traumatic brain injury. J Cereb Blood Flow Metab. Jun 2006.
8) Akisu M, et al. Selective head cooling with hypothermia suppresses the generation of plt-activating factor in CSF of newborn infants with perinatal asphyxia. PLEFA. Jul 2003;69(1):45-50
9) Nolan JP, et al. European Resuscitation Council guidelines for resuscitation 2005. Dec 2005;67 Suppl 1:S39-86
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