僕は普段見ないので知らなかったけど、m3.comというサイトで風邪に抗菌薬を用いるか否かの議論がなされているらしい。社会保険中央総合病院内科部長の徳田均氏は風邪でも細菌が原因、関与している可能性もあるので、積極的に(40歳以上であれば)短期の抗菌薬を用いるべきと主張する。対して、長崎大学の河野茂氏は風邪の原因は90%以上がウイルスで、抗菌薬は積極的にしようしなくてよいと言っている。
http://www.m3.com/sanpiRyouron/article/150062/?from=openIryoIshin (ログインしないと見れないかもしれません)。
結論的には、僕も原則風邪には抗菌薬を使わない、という結論でよいと思う。ただ、両者の議論は前提が間違っていると僕は思う。
微生物は疾患の原因だが、疾患「そのもの」ではない。疾患は体内で起きており、これは直接観察できない。観察できるのは現象だけだ。それは患者の苦痛であったり、発熱であったり、咳嗽であったり、あるいは血液検査の異常や画像所見がそうである。現象は疾患の表現系だが、これも(微生物同様)疾患「そのもの」ではない。カントのいう「物自体」に例えられる「疾患そのもの」は我々には直接観察不可能である。原理的に不可能である。仮に(奇妙な例えだが)患者が風邪で死亡して病理所見を得たとしても、それは養老孟司氏の例える「スルメ」であり、イカ「そのもの」ではないのである。
上気道炎にしても急性気管支炎にしても(両者は徳田氏のいう「風邪」)、その現象から疾患「そのもの」への距離は遠い。臨床医は患者の炎症が上気道に限定されているのか、下気道にまで及んでいるのか(そして肺炎には至っていないのか)を「現象」から観察することは極めて困難である。精緻なCTなどを用いても、CRPやプロカルシトニンのようなバイオマーカーを用いても、状況は同じである。
加えて、病原体の問題がある。病原体の検知=病気の原因とは限らない。ウイルスにしても細菌にしても定着の可能性はある。徳田氏が「風邪」に細菌の関与を指摘する。河野氏は「9割はウイルス」という。両者は「程度」の問題であり、雑駁に言えば同じ事を言っている。ウイルスが割と多くて、ときどき細菌だ、、というだけの話である。しかも、それは「見つかっている」というだけに過ぎず、これが病気の原因となっているのかどうかにはさらなる検証が必要だ。昔のコッホの原則みたいに、分かりやすく病原体は証明しづらいのである。ウイルスー>細菌の二次感染を考えたとしても、議論の根幹には変わりがない。
だが、僕はやはり「病気」を主体にして考えたい。微生物がウイルスか、細菌か、あるいはその両方かは二次的な問題である。両者は微生物に囚われすぎているのである。感染症学と微生物学はオーバーラップこそあるものの、似て非なるものである。後者は病原体の学問であり、前者は患者の学問だ。これらを混同しているのである。
おそらく、風邪(ここで定義はぼんやりさしておく)でも気管支炎でもウイルスが原因のこともあり、細菌が原因のこともあろう。しかし問題は、「抗菌薬を使うべきか否か」である。そして「抗菌薬が患者に不利益より利益をもたらすか」である。ここだけである。
原因が細菌の感染症でも抗菌薬なしで自然治癒することは多い。細菌の比較試験で、細菌性だと考えられる鼻副鼻腔炎において抗菌薬と対症療法で効果に差はなかった。このうち何%が真の細菌感染か、という議論はあるが、僕にはどうでもよい。要するに、「細菌がいる、関与している」=抗菌薬とは限らないのである。同様のスタディーは急性気管支炎にもあり、アジスロマイシンはビタミンCと引き分けている。両者のスタディーでも40歳以上の患者は含まれている。これに対し、徳田氏が提唱する「抗菌薬処方」を積極的に示唆する臨床データは僕が知る限り、ない。
風邪や気管支炎の患者に抗菌薬を出さないリスクはある。それは二次性の肺炎である。問題は、抗菌薬を出すのもまたリスクであるということだ。つまり「なんとかの可能性は否定出来ない」という論法は、双方向性に働くのである。「二次性肺炎の可能性は否定出来ない」から抗菌薬を使うという意見は、「抗菌薬の副作用で死んでしまう可能性は否定出来ない」とロジックとしては同構造だ。あちらのリスクを重んじ、こちらのリスクをほおっておくのはプロとしては誠実ではない。
アジスロマイシンを5日飲むと心血管系死亡のリスクが増すことが示されている。QT延長、突然死のリスクは定量化された知見だが、すでに知られたリスクである。ちなみにこのスタディーではペニシリン系の抗菌薬使用よりもアジスロのほうがリスクが高かったのだが、レボフロキサシンとは有意差が出なかった。フルオロキノロンもQT延長を起こすことが知られており、有害事象の頻度はSTと変わりない。新しい抗菌薬のほうが安全というのは誤謬であり、近年市場にでたフルオロキノロンのいくつかはすでに市場からの撤退を強いられている(ガチフロキサシンなど)。鳴り物入りで紹介されたチゲサイクリンも死亡リスクが高いことが示されている。新薬の方が、マーケットに出てから新しくわかる副作用が多いのである(古い薬についての副作用は知り尽くしているのだから)。
おそらくは、抗菌薬を投与したほうが患者が得をする「風邪」もあると思う。原理主義的に風邪には絶対抗菌薬を出さない、というかたくなな態度も患者に利益をもたらさないだろう。しかし、それはあくまで例外であり、例外は例外として扱われるべきだ。40歳以上の患者にルーチンで抗菌薬を風邪に出すのは、例外概念の逸脱である。それには僕は、断固反対しておきたい。
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