O先生指定のレポート、好きですね。
注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだけ寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際には必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jpまで
日本におけるバベシア症について
【概要】
胞子虫綱ピロプラズマ目バベシア属の原虫であるバベシアはマラリア原虫と近縁の住血原虫で、マダニ体内で有性生殖の後、スポロゾイトを形成し、哺乳類の体内で赤血球内において無性生殖で増殖する。赤血球内の初期の虫体は小さなリング状で熱帯熱マラリア原虫の輪状体によく似ており、赤血球1個に1~数個の虫体が寄生する。感染赤血球数が2%以下でも発症することがあり、重症例では20~50%にもなる。健常人に発症するヒトバベシア症の大部分は、ネズミに寄生する種であるBabesia microti によるものであり、その症状は無症状からマラリアに類似の症状(悪寒を伴う38℃~40℃の発熱、溶血性貧血、脾腫)を伴い致死的なものまで様々である。治療にはキニーネとクリンダマイシンの同時併用が有効である。 ヒト赤血球に感染したB.microti (参考文献3より引用)
【疫学】
バベシアは広く世界の野生動物や家畜に寄生することが知られていたが、ヒトへの感染は起こらないと考えられてきた。しかし1957年にユーゴスラビアで人体寄生例が報告されて以来、人獣共通感染症として捉えられるようになり、欧米で輸血による感染を含め多数の症例が報告されてきた。北米で約500例、ヨーロッパで20数例、南アフリカやアジアからも報告され、症例数は近年増加の傾向にある。
本邦においては1999年に神戸で第1例目のヒトバベシア症の患者が確認された。本症例は、淡路島在住の40歳男性で溶血性貧血治療のためステロイドを数ヶ月間投与されており、全赤血球の約50%がバベシアに感染していた。形態およびDNA診断の結果B.microti と同定され、さらに輸血ドナーから本虫の遺伝子断片が検出されたことから、感染は貧血発病の約1ヶ月前に受けた輸血によるものと考えられた。患者もドナーも海外渡航の前歴はなく、また海外流行地におけるB.microtiとは遺伝子型・血清型も異なることから、本症例は日本の野ネズミに寄生する土着のB.microti(神戸型)による感染であることがわかった。なお、日本には数種のバベシアが分布しており、B.microtiは1983年に大津の野ネズミから検出されていたが(大津型)、遺伝子解析の結果、神戸における人体寄生種とはやや異なり、現在では両者は別の遺伝子型だと考えられている。
神戸における症例を最後に日本における新たな感染の報告はないが、野生動物や野ネズミを含めたフィールドワークの結果、人体に寄生可能なB.microtiは日本各地に存在していること、そして近年日本に広く生息するヤマトダニの唾液腺からバベシアが検出され、このダニによる媒介の可能性が示唆されていることから、本邦においても今後も散発的にヒトバベシア症の報告がみられるのではないかと考える。
【参考文献】
- 我国及び周辺アジア諸国におけるヒトバベシア症発生状況調査と地域特有のバベシア原虫の性状の比較解析(第三報) 斎藤あつ子 新緑会学術誌, 第27巻, 14-17, 2011年
- 図説人体寄生虫学 吉田幸雄, 有薗直樹 南山堂, 第8版, 2011年
- Transfusion-acquired, autochthonous human babesiosis in Japan: isolation of Babesia microti-like parasites with hu-RBC-SCID mice. J Clin Microbiol. 2000 Dec;38(12):4511-6.
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。