そうそう、学びといえば、忘れられない学びの経験がある。この話は講演とか学生実習でもよく出すけれど、ここに紹介しておきたい。
5年生の夏休みである。厚労省は初めての学生の学外臨床実習制度というのを作った(正式名忘れた)。ただ、例によって中身は伴っておらず、施設のリストを作っただけのプアな代物であった。僕は夏休みに自分のうつうつとした若いエネルギーをどう振り回したらよいか分からず、とりあえずリストからランダムに東北のとある病院を選んで実習先とした。東北にしたのは、そこを旅したことがなかったから、というスケベ心丸出しの理由であった。青春18切符で長い旅をして、その病院に行った。
いったものの、そこの内科部長の先生も学外の学生を受け入れるのは初めてで、「さて、どんな実習をしてもらおうか」と困ってしまった。あれやこれやの臨床実習に加え、その先生のアイディア(たぶん思いつき)で、僕は1週間、コメディカルについて回るという経験をする。月曜日は看護師、火曜日は薬剤師、水曜日は検査技師、木曜日はPT、、、みたいなローテートだ。
そのとき、回るたびに医学生の僕に浴びせられたのは延々と続く怨嗟の声であった。医者は何にも理解していない、まったく愚かである、なんでこんなバカなことをやるの?という八つ当たりが毎日僕に浴びせられた。1990年代のことで、医者に直接たてつくコメディカルは珍しい時代である(今でも遠慮は大きい)。将来一緒に働く可能性はきわめて小さい島根の医学生にその恨みつらみが寄せられる。また、ナースの仕事、薬剤師の仕事、ひとつひとつがどのように動いているのか、直に目の当たりにできたのは貴重であった。ナースの仕事なんて医者は見ているようで全然見ていないものだ。薬剤師や検査技師になると、たいていの医者にとってはブラックボックスである。
あれから20年近く経つが、今でもあの貴重な実習のことは忘れられない。たった1週間のことであるが、僕は医師がコメディカルの業務にどれだけ無理解か、その声に耳を傾けていなかったか、そしてコメディカルがそのことをどれだけ苦痛に思っていたのかを、かなり真剣に考えさせられたのである。
21世紀の今、コメディカルは当時ほどサイレントではない。医師もそこまで傍若無人でもない(たぶん)。けれども、コメディカルの思いや仕事について僕らの計り知れない部分があるという自覚は必要だ。知らないことを知るとはそういうことである。そのために必要だったのはたったの1週間であった。
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