梅毒の検査は主に血清学的に行います。どうしてかというと、T. pallidumは未だにラボでは培養できないのです。T. pallidumの遺伝子構造が分かったのも確か最近の話でした。梅毒のPCRによる診断はまだまだ先の話のようです。
さて、梅毒の血清学的検査です。この解釈は教科書を何度読んでも難しい。これは検査からアプローチするから、失敗するのです。では、どうしたらよいか。
いわゆるワ氏反応、Wassermann反応は、ワッセルマンさんにより1906年に発表されました。 UpToDateにはドイツ語のこの論文が引用されていますが、私は読んでいませんし、ドイツ語論文読めません。
Wassermann, A, et al. Eine serodiagnostische reaktion bei syphilis. Dtsch Med Wochenschr 1906; 32:745.
梅毒の血清学的検査は、梅毒に感染した患者の抗体を見ています。特異的、非特異的な検査と大きく二つに分けられます。
非特異的な検査には、ガラス板法、RPR法(rapid plasma reagin)、VDRL法(venereal disease research laboratory)などがあります。cardiolipin-cholesterol-lecithin抗原に対する抗体を調べていますが、梅毒以外でも上がります。典型的にはSLEですが、慢性肝疾患や、伝染性単核球症、関節リウマチ、結核、HIV感染などでも上がることがあります。非特異的な検査は定量的な測定が大事です。希釈倍量で表示し、2倍、4倍、8倍と倍数で表示されてきたのでした。通常は8倍以上でもって有意とします(検査の説明書だと陰性が基準値だと記されていますが、臨床的にはそうは判断しません。たぶん、この辺が梅毒検査を間違った方向に判断させている最大の原因です。これはあとで解説します)。ただし、生物学的偽陽性でも高いタイターが出ることがあるので、ここは注意が必要です。治療をすれば下がりますが、ゆっくり年単位で下がるので、次の週に陰性化していなくてもがっかりする必要はありません。
最近、これが倍数指標ではなく、1.0といった実数表示になりました。沈降反応の希釈倍率を見ていたガラス板法からラテックス凝集反応に変更になったからだそうです。いちおう、メーカーの説明だとこの数値と倍数の数字は同じように扱えばよい、と説明されていますが、はて。
http://www.okayama-u.ac.jp/user/hos/kensa/nvirus/glass.htm
特異的な検査は、FTA-ABS(fluorescent treponemal antibody absorption)、TPPA(treponema pallidum particle agglutination assay), TPLA (treponema pallidum latex agglutination)、TPHA (treponema pallidum hemagglutination)などがあります。これはT. pallidum 特有の抗原を用いますから、「特異的」であり、陽性であれば梅毒の存在、あるいは梅毒「だった」可能性が高いです。ところが、特異的な検査も実は生物学的偽陽性があり、1% くらいにおきるそうです。ただし、熱が出たとか予防接種を打ったときに起きる一過性のものが多いとか。
Larsen, SA. Syphilis. Clin Lab Med 1989; 9:545.
特異的な検査は定性的に判断します。陽性か、陰性か、それだけです。何倍、という数字は臨床判断の役に立ちません。治療をしても下がりませんし、下がってもがっかりする必要はありません。これは見なくてもいいのです。
さて、それでは各論です。臨床現場ではどのように検査を使うのか。
一期の梅毒、下疳(潰瘍ができる)の時期です。このときは血清学的診断があまり役に立ちません。感染初期なので抗体が上がっていないことが多いのです。痛みのない陰部潰瘍ということで臨床診断してしまうことが多いですが、これも非特異的なので教科書ではdarkfield microscopyでスピロヘータを見つけることを推奨しています。これは、病変部を取ってきて、特殊な顕微鏡で光学顕微鏡でも見つけられない小さな小さなスピロヘータを見つける方法です。が、多くの医療機関では用いられていません。技師さんの特殊な技術も必要なようです。私も米国のSTDクリニックで見たことがあるだけです。一期梅毒では血液検査はあまり役に立ちません。
ところで、一期の梅毒で一番最初に立ち上がってくる抗体は何でしょうか?これは、RPRではなく、特異的なFTA-IgMです。RPR陰性、FTA陽性だと「治療済み」と判断されやすいですが、一期の梅毒でもそうなることがあるのです。あくまでも臨床的なコンテクストが大事で、臨床判断から検査、というアプローチをすれば間違えません。
・一期の梅毒では、梅毒検査はRPR陰性、TPHA陰性が多い。RPR陰性、TPHA陽性(IgMが上がって)のこともある。RPR、TPHAともに陽性のこともときどき。要するにどの結果になっても判断できません。
二期の梅毒では、ほぼ全例非特異、特異的な検査両方が陽性になります。まれにRPRが陰性のことがあり、これは抗原量が多すぎるために起きるprozone反応のためと考えられています。ただ、経験のある技師さんに聞くと、prozoneの状態では見え方が異なるので「分かる」のだそうです。このような血清は希釈してやると陽性になります。
・二期の梅毒ではRPR陽性、TPHA陽性。
症状のない梅毒、潜伏梅毒(latent syphilis)では、二期の梅毒同様、RPR陽性、TPHA陽性です。三期も同様ですが、きわめてまれで私は見たことがありません。
治療効果の判定にRPRは有用です。TPPAのような特異的な検査は役に立ちません。こちらは測らないのがいいのでしょうが、多くのラボではRPRとTPPAを込みにして「梅毒検査」としているので、分けて測れないのですね。フォローの場合は同じ検査・アッセイ系でフォローするのが大切です。患者によって抗体の下がり方は差がありますが、大体1,2年かけて下がりますから、数週間で下がらなくてもがっかりする必要はありません。一期、二期の梅毒は早く下がってきます。潜伏梅毒では遅いと言われています。もし、タイターが上がった場合、治療失敗や再発というより再感染の可能性が高いです。STDは必ずパートナーも診断・治療するのが原則ですね。特異的検査は陰性化しないのでフォローの必要はないですが、UpToDateによると24パーセントで陰性化するそうです。特にHIVの患者さんでは多いそうです。まあ、だからどうだ、ということはないですが。
HIV感染と梅毒はなかなか診断に影響します。HIV感染があると検査の偽陰性があったり、逆に偽陽性になったりタイターが高くなったり不思議なことが起きるのです。なにしろ、梅毒の血清検査は抗体検査で、抗体産生はB細胞の機能に影響されています。HIV感染者はT細胞の異常だけではなく、B細胞も異常なのですね。FTA-ABS偽陰性の報告もあり、HIV患者の梅毒検査の解釈はとても難しいと言われる所以です(治療も難しいですが)。
・HIV患者は全員梅毒検査を
・しかし、その解釈は結構難しい。
・HIV感染があると神経梅毒の合併も多い。血清検査が陽性なら髄液検査を。
神経梅毒は一期、二期、三期のいずれのケースでも合併する独立した病態です。髄液検査で診断しますが、その解釈は結構難しいです。
まず、血清RPR32倍以上では神経梅毒の可能性が増します。HIV感染がなければリスクは10倍、HIV感染があっても6倍に増えるそうです。
CID 2007; 44: 1222
JID 2004; 189: 369
HIV感染があり、CD4が低いと神経梅毒の可能性は高くなります。細胞数、蛋白、髄液VDRLなどどれが異常であっても神経梅毒と判断することが多いです。髄液VDRLは特異的ですが感度が低い(30%くらい!)ので、陰性は神経梅毒否定ではありません。細胞数は単球優位で10−400/uLというチョロ上がりのことが多いです。蛋白もチョロ上がり。髄液のFTA-ABSは感度が高く、除外に役に立つと言いますが、あまり用いられることはありません。
・神経梅毒では血清RPR陽性(高値のことが多い)、TPHA陽性。髄液検査は様々。
参考 Hicks CB. Serologic testing for syphilis. UpToDate 16.1. last updated December 8, 2006
さて、理解を深めるために、実際のケースで見てみましょう。梅毒検査は検査からアプローチせず、患者からアプローチするのが大事だと思います。
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