メディカルトリビューンへの寄稿を許可を得てこちらに転載。オリジナルはこちら。
https://medical-tribune.co.jp/rensai/2019/0830521374/
8月28日、日本感染症学会が『気道感染症の抗菌薬適正使用に関する提言』を発表した。Medical Trubune編集部からこの提言に対する見解を聞かせてほしいという依頼を受けたので、ここに申し上げる次第である。
http://www.kansensho.or.jp/uploads/files/guidelines/093050623_teigen.pdf
全体を覆う「広域抗菌薬ベター」的エートス
最初に結論から申し上げると、「わりと残念な提言」であった。抗菌薬適正使用を希求した結果としての提言というよりは、昨今の薬剤耐性菌問題が議論される中で、いかに広域抗菌薬使用を正当化できるか、という「配慮」、あるいは「忖度」が『提言』作成の大きな動機付けだったのでは?と僕には感じられた。
厚生労働省が出した『抗微生物薬適正使用の手引き 第一版』が抗菌薬を無駄に使うな、というメッセージを明言しているわけだが、今回の『提言』は「いやいや、そうは言ってもね」という論調なのだ。
厚労省の『手引き』は「基礎疾患のない、成人および学童期以上の小児」を想定する患者群としていることから、『提言』では基礎疾患を有する患者への配慮が必要だと論じている。
それは、正しい。
しかし、そこから議論は迷走する。アモキシシリンでは心もとないから、やはり広域抗菌薬だよね、という議論に「飛ぶ」のだ。ここに論理の飛躍がある。
抗菌薬適正使用とは、「目の前の患者にベストな抗菌薬を用いること」に尽きる。患者が基礎疾患を有しようが、免疫抑制があろうが、その一点は変わらない。いや、基礎疾患を有していたり、免疫抑制があり、感染リスクが高い患者こそ、厳密かつ適正な抗菌薬使用が重要なのだ。彼らは薬剤耐性菌の感染に苦しむ可能性が高く、そのリスクは年単位で継続する可能性が高く、よって個々の感染症のマネジメントをないがしろにしてはいけないからだ。
どうも、学会『提言』は、「広域抗菌薬の方が強い薬」という誤った思い込みに陥っているように思う。あるいは、「抗菌薬適正使用」と「個々の患者の感染症診療」は相反する概念だと勘違いしてはいないだろうか。
例えば、「アモキシシリンで効果不十分」とはどういうことか。
ある抗菌薬で患者が奏効しない場合、臨床感染症学的に行うべきは「なぜ、効かないのか」という原因吟味、アセスメントである。薬剤感受性がない、と決め付けるのは素人的な考えであり、「そうでない可能性」を十分に吟味するのが重要だ。
投与量や投与間隔の問題、ドレナージなど外科的処置を要している可能性、そもそも診断が間違っていないか。こうした吟味の下で、初めて「広域抗菌薬を必要とする感染症」という判断が導き出される。
間違っても、
「アモキシシリンよりも広域抗菌薬の方が、治療効果は高い。しかし、抗菌薬適正使用の目的で、あえてレベルの下がる抗菌薬(=アモキシシリン)を使わざるをえないのだ」
という印象、インプリケーションをもたらしてはいけないのだ。ペニシリン系の抗菌薬はしばしば、「治療効果」というパースペクティブから「ベスト」の抗菌薬なのだから。
この
「アモキシシリンは劣った抗菌薬だけど、しかたなく使わざるをえない...んだけど、やっぱ、いざというときは広域抗菌薬だよね」
という広域抗菌薬ベター的なエートスは、『提言』全体を通して一貫している。これが、そもそも間違っているのである。
急性副鼻腔炎:なぜ重症例で第三世代セフェムなのか
さて、各論に移る。最初に論じられるのは急性副鼻腔炎だ。
抗菌薬を使用しないオプションが提示されている点、第一選択薬がアモキシシリンなのはよい。
が、なぜか「アモキシシリン治療失敗例に対する第二選択抗菌薬」の議論の方がずっと長い。ここが『提言』の「広域抗菌薬も仕方ないよね」なエートスである。
例えば、βラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌(BLNAR)の問題点が指摘される。それはよい。が、治療アルゴリズムで、
「中等症・重症」
のところに「BLNARの関与が強く疑われる場合」と書いてあるのが、まさに間違いだ。重症と薬剤耐性は同義ではないのである。そこで、
「第三世代セフェム、レスピラトリーキノロン、カルバペネム、アモキシシリン・クラブラン酸」
が選択肢となっているが、むしろ「重症例」であれば、入院させてセフトリアキソンなど大量投与が可能な注射薬で治療する、が一般的な臨床アプローチであろう(ちなみに、引用している表1の「重症度分類」は本質的には「重症度」を吟味していないことにも要注意である)。『提言』でもピボキシル基を有する抗菌薬による低カルニチン血症のリスクを指摘しているわけで、それでもあえてこれらを推奨する根拠が分からない。
また、免疫抑制者などであれば、ムコール症など、より致命的な副鼻腔炎のワークアップを考慮するのが臨床的と言えよう。こういう重症患者で、バイオアベイラビリティの悪いセフジトレンピボキシルやテビペネムピボキシルを推奨するというのは、端的に「臨床感染症が分かっていない」と言わざるをえない。彼らが引用する「有効性の報告」は、あくまでも治癒率の高い、外来で管理可能な軽症例がメインなのだから。
同様に、アモキシシリンで治癒しない副鼻腔炎の場合であっても、いきなり広域抗菌薬に変更するのではなく「なぜ効果がないのか」を吟味することが最も重要である。これについては既に述べた。
急性咽頭・扁桃炎:ここでも論理の飛躍が・・・
次に急性咽頭・扁桃炎だ。
近年はA群β溶血性連鎖球菌(GAS)のみならず、Fusobacteriumなどが原因となることが指摘されている。ただし、こうしたGAS以外の菌の「検出」が何を意味しているのか、またこれらの治療はいかになされるべきかについては、データは十分でない。
Marchello C, Ebell MH. Prevalence of Group C Streptococcus and Fusobacterium Necrophorum in Patients With Sore Throat: A Meta-Analysis. Ann Fam Med. 2016; 14(6): 567-574.
『提言』では、第一選択薬としてアモキシシリンを推奨している。それはよい。が、なぜかその次に出てくるのが、成人では経口第三世代セフェム、次でガレノキサシン、次でセファレキシンである。小児では第三世代セフェムで、セファレキシンは消える。それまでの議論はなんだったのだろうか。βラクタマーゼ産生嫌気性菌を懸念するなら(どこまで懸念するかは、前述のように難しいところだが)、アモキシシリン・クラブラン酸を用いるのが筋ではないか。ここでも論理が「飛んでしまう」。単に、第三世代セフェムやキノロンを正当化しているだけ(あまり上手な正当化にはなっていないが)のように、僕には見える。
急性気管支炎:全体的には妥当だが、細かいところで問題あり
ついで、急性気管支炎だ。急性気管支炎は一般に「抗菌薬を必要としない」疾患であり、これは『提言』でも正しく指摘されている。百日咳についての見解もおおむね問題ない。3週間以上症状が続く場合の「周囲への感染防止効果」が抗菌薬にあるかどうかは、定見がなく文献によっても見解はさまざまだが、まあここはそれほど大きな問題ではない。
Nieves DJ, Heininger U. Bordetella pertussis. Microbiology Spectrum [Internet]. 2016 Jun 3 [cited 2019 Aug 30];4(3). Available from: https://www.asmscience.org/content/journal/microbiolspec/10.1128/microbiolspec.EI10-0008-2015
Acute bronchitis in adults - UpToDate [Internet]. [cited 2019 Aug 30]. Available from: https://www.uptodate.com/contents/acute-bronchitis-in-adults?search=acute%20bronchitis&source=search_result&selectedTitle=1~100&usage_type=default&display_rank=1#H336651053
問題は、その後だ。「小児の二次感染」にアモキシシリン、アモキシシリン・クラブラン酸、第三世代セフェムが唐突に推奨されているが、根拠はどこにも示されていない。同様に、「細菌性気管支炎は市中肺炎に準じた治療を行う」と、これも唐突に書かれているが、ここにも特に根拠が示されていない。多くの文献では、「百日咳など一部の例外を除き、原因微生物に関係なく抗菌薬は推奨されない」が通常の考え方であり、ここも感染症学会『提言』の奇異なところである。
慢性閉塞性肺疾患(COPD)急性増悪に対する抗菌薬の効果はさまざまな研究があり、その使用は現在は支持されている。しかし、ここでも第一推奨薬がレスピラトリーキノロンとなり、第二選択薬がアモキシシリン・クラブラン酸、セフジトレンピボキシル、アンピシリン・スルバクタム、アジスロマイシン徐放剤なのは唐突だ。『JAID/JSC感染症治療ガイド2019』を踏襲しているそうだが、抗菌薬選択の根拠は不明瞭だ。
おそらく、アモキシシリン・クラブラン酸を用いるのなら、配合比率を考えてアモキシシリンを併用した方が合理的だし(いわゆる「オグサワ」)、アンピシリン・スルバクタム(経口薬)を使用しなければならない根拠は見出だせない。アジスロマイシンがなぜ徐放剤なのかについてもよく分からない。むしろ、「適正使用」をミッションとする『提言』なのであれば、軽症のCOPD増悪には必ずしも抗菌薬は必須ではない、といった重要なメッセージを出す方が大切だったように思う。
抗菌薬のDelayed prescription(初診時に出さずに、再診時に必要に応じて抗菌薬を出す戦略)が紹介されており、これはとても貴重な提言だ。であるならば、なおさらこういう戦略をアルゴリズムに組み入れるべきであった。図7のアルゴリズムはあまりに「ざっくり」し過ぎていて、抗菌薬適正使用には貢献しないように思う。心不全患者の気管支炎に、抗菌薬を推奨する根拠も乏しい。心不全増悪はしばしば感染症がトリガーとなるが(そして、心不全増悪では常に「トリガー」を見出すことが重要になるが)、大切なのは心不全そのものの治療であり、抗菌薬は必須ではない。
とはいえ、今回の『提言』は前進といえるのではないか
以上、簡単ではあるが『提言』について見解を述べた。
神戸大学病院感染症内科のフェロー(後期研修医)は、卒業して指導医レベルと認定されるために、筆記の卒業試験に合格する必要がある。副鼻腔炎などの疾患の治療戦略を述べよ、という臨床感染症学的命題に対して、今回の『提言』のような回答がなされたら、不合格だ。再試験を課せられることであろう。
とはいえ。感染症学会が「抗菌薬適正使用」に真摯に取り組もう、という意欲を示すようになったのは、例えば20年前とか10年前を考えると、隔世の感がある。
もともと日本の感染症系の学会は製薬メーカーの太鼓持ちというか、販促の道具として機能していた面が大きかったからだ。新しい広域抗菌薬はガンガン使え、がエートスだったからだ(今でもインフルエンザ治療薬とかは、そうだよね)。
そういう意味では今回の提言は「前進」なのであり、今後もし新しい『提言』が出されるのであれば、今よりももっとましな『提言』になるであろう。
日本の臨床感染症学のレベルは、いまだにさほど高くはないのだが、それでも発展途上なのであり、前進はしているのである。その点は好意的に受け止めたい。
なお、著者の利益相反については、ワセダクロニクルで「岩田健太郎」と入力していただければ確認できます。
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