注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、火曜日のお昼まで、5時間かけてレポート作成します。水曜日などに岩田がこれに講評を加えています。2019年2月11日よりこのルールに改めました。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、間違いもありますし、個別の患者には使えません。レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
バンコマイシンを化膿性膝関節炎の患者の関節内に注射するのは有効か
今回の担当患者は化膿性膝関節炎をバンコマイシン静注で治療していた。
しかし、関節炎を患っているのは左膝だけなので抗菌薬の局所的な関節内投与は有効ではないかと考えた。
抗菌薬の関節内注射について論じた最近の報告はなく各種ガイドラインも参照したが関節内注射の項目自体みつからなかった。
1900年代まで文献をさかのぼったところ、まだ静注薬による滑膜への移行性についてのデータがないときに、関節腔内への後期薬投与が行われた時期での報告があった。Goldenbergらは、①抗菌薬による関節内注射によって局所の薬物濃度が中毒域まで達し化学性滑膜炎を起こしうる点と、②静注抗菌薬でも滑膜液中の薬物濃度は治療域に達するという点から抗菌薬の関節内注射は不要と述べている
①Argenらは、化膿性関節炎の42例の後ろ向き研究で、16例で治療開始後、感染がコントロールされていたのにも関わらず罹患関節に滑膜炎が起きたと報告している。いずれの例も抗菌薬の関節注射を行っており、滑膜炎がなかった症例で関節内注射を受けた例はなく、ペニシリンの関節内注射を繰り返した例ほど滑膜炎の重症度が高かったという他の観察研究も合わせて、関節内注射は化学性滑膜炎の原因と考えられ避けるべきである、と結論づけている。
②Parkerらは、化膿性関節炎患者を対象に静注抗菌薬の滑液への浸透性を評価した。使用した抗菌剤はペニシリンG、フェノキシメチルペニシリン、ナフシリン、セファロリジン、テトラサイクリンおよびリンコマイシンで、全身抗菌薬治療中の 29 人から同時に得た 75 組の血清と滑液検体中の抗菌活性を、チューブ希釈抗菌剤と抗生物質濃度のバイオアッセイを用いて比較したところ、 65 組でほぼ一致しており優れた相関関係が観察されたと報告しており、抗菌薬の静注投与で十分に滑膜液中の薬物濃度は維持できるとしている。また、関節内注射による薬物濃度は最少殺菌濃度の100から1000倍に達するとされ、静注抗菌薬の5-20倍よりも高濃度となるが、それが治療に有益であるというデータはないと述べている。
以上から、静注療法で十分に治療域の薬物濃度が維持できる点と、化学性滑膜炎を惹起するリスクを合わせると現時点では抗菌薬の関節内注射を積極的に選択する理由はないと考える。バンコマイシンについても静注投与での関節液中への移行は良好とされ、同じ理由で関節内注射を選択する理由はないと考える。
関節内注射の有効性については、静注後に関節液内の濃度をモニターすることができれば治療域の維持は保証できるかもしれないが、出血や二次感染など穿刺自体に伴うリスクを考えると、静注療法を上回るメリットがない限り関節内投与に関する報告は今後も出ないと考える。
((参考文献))
Argen RJ,Wilson CH Jr,Wood P:Suppurative arthritis.Arch Intern Med 117:k61-666,1966
Parker PH.Schmid FR:Antibacterial activity of synovial fluid during treatment of septic arthritis.Arthrirtis Rheum 14:96,1971
Goldenberg DL,et al.Am J Med.1976:Acute infectious arthritis.A review of patients with nongonococcal joint infections(with emphasis on therapy and prognosis)
医薬品インタビューフォーム 塩酸バンコマイシン点滴静注用0.5g
寸評:良いテーマです。なぜか、バンコマイシンにしてもゲンタマイシンにしても、エビデンスがないプラクティスを患者に同意も取らずにやっている医師がいるのは問題です。きちんと先行研究を吟味し、実験的に使用したいのなら研究計画書を書き、倫理委員会に通し、云々のプロセスが必要で、日本の医療現場はかなり「雑」なのです。海外から日本の臨床研究の質を問われるのも、この辺に遠因があります、実は。
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