「風邪に抗菌薬出すな?もし患者に抗菌薬出さなくて訴えられたらどうするんだ?」
というご意見を頂戴する。では、抗菌薬出さないー>訴訟リスク、は本当だろうか。
ASPで高名な具芳明先生が調べてくれた。許可を得てここに転載する。
(引用)
裁判例情報の検索に
[感冒or風邪]and[抗生剤or抗菌薬or抗生物質]and[外来]
と入力して検索されたのは30件でした。
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/search1
そのうち入院中の事例やワクチン関連の事例など関係ないものを除いたところ6件残りました。
1) 長い呼吸器症状の原因が肺アスペルギルス症であることを見逃し、最終的に患者が死亡。(経過中にキノロンが処方されている)
2) 小児を細気管支炎と診断したが急性心筋炎の診断が遅れ死亡。
3) 59歳女性の咽後膿瘍を見逃して窒息し死亡。(経過中にタリビット、セフゾンが処方されている)
4) 33歳男性を感冒と診断、急性心筋炎を見逃し死亡。(経過中にクラビット、リンコシンが処方されている)
5) 60代男性を急性上気道炎、急性肺炎と診断したが、急性心筋炎を見逃し死亡。(経過中にミノペン、フルマリンが処方されている)
6) 3ヶ月男児の発熱etcをウイルス感染と判断して経過観察入院としたがWaterhouse–Friderichsen syndromeのため死亡。(経過中にエリスロシン処方)
(引用終わり)
1は真菌感染であり、通常の抗菌薬ではリスクヘッジできない。また、キノロンが処方されており、むしろ抗菌薬を安易に出したがゆえに診断が遅れた可能性すらある。
2と4、5はウイルス性急性心筋炎で、いずれにしても抗菌薬処方でリスクはヘッジできない。こちらも抗菌薬処方で診断がむしろ遅れた可能性がある。話はずれるが、率直に申し上げて診断が極めて難しい急性心筋炎見逃しを医師の責任に帰するのはかなり酷な話とは思う。
3は経口抗菌薬では治療しづらい膿瘍性疾患に経口抗菌薬が処方されており、むしろきちんと精査して点滴抗菌薬や外科的処置で治療すべき疾患であろう。これも抗菌薬処方が裏目に出ている可能性はないか。
6は稀な髄膜炎菌重症感染とその合併症であり、またエリスロシンも処方されている。経口抗菌薬で治癒する可能性は低い。
どうだろう。抗菌薬処方は訴訟リスクをヘッジしてくれるだろうか。むしろ、安易な抗菌薬処方こそが訴訟リスク、とすら言えないだろうか。
本稿で主張したいのは稀な上記感染症を初診で全例正しく診断すべきだ、ではない(おそらく不可能だ)。抗菌薬処方が訴訟リスクをヘッジするという言説が都市伝説に過ぎず、むしろ逆の可能性があるのではないか、と申し上げたいのだ。
医療訴訟リスクが高いのは、患者の転帰が悪かった事例、例えば死亡例に多い。死亡につながるような重症細菌感染症リスクを経口抗菌薬がヘッジする可能性は高くない。むしろ安易な抗菌薬処方を避けて、正確な診断に務める、患者のフォローを丁寧に行い、必要とあれば後方医療機関に紹介、搬送したほうがリスクヘッジの方法としては有効だろう。その時とられるであろう血液培養の確度を高める上でも、経口抗菌薬の処方がメリットになる可能性は小さい。
経口抗菌薬で治療できる細菌感染症はたくさんある。抗菌薬を出すな、ではない。ただ、「風邪」という判断のもとで抗菌薬を「訴訟回避目的」に用いてもメリットは小さいばかりか、裏目に出さえするのではないか。
反証事例があれば、謹んで拝聴する。
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