注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
妊娠梅毒は妊娠のどの時期までに治療すべきで、治療時期による母子への影響にはどのようなものがあるのか
妊娠期の女性が梅毒に感染している場合、経胎盤的に胎児へ感染し、先天性梅毒(CS)を起こすリスクがあるため、現在の日本では妊娠初期検査で梅毒血清反応を調べることが勧められており[1]、また梅毒と判明した場合には早期の治療が必要であるとされている。では、なぜ早期から治療が必要なのであろうか。治療時期によって母子への影響はどう変わるのであろうか。
Hong FCらは、異なる治療を受けた妊娠中の梅毒血清反応が陽性の妊婦から生まれた幼児の先天性梅毒(CS)発症リスクを調べるため、2003年1月1日から2014年12月31日までに梅毒の血清反応が陽性であった妊婦を対象にコホート研究を行った[2]。その結果、CSの発生率が、妊娠28週までにBPG(ベンザチンペニシリンG)で治療された群では0.33%だったのに対し、28週以降にBPGで治療された群では2.15%(aOR=8.06[95%CI:2.93~22.21];p<0.001)、他の抗菌薬で治療された群では2.50%(aOR=7.71[0.86~69.28];p=0.068)、治療しなかった群では12.23%(aOR=68.28[29.64~157.28];p<0.001)であった。つまり、CSの発生リスクを下げるには、妊娠28週までにペニシリンによる治療を受けるべきであるといえる。
では、ペニシリンによる治療を行った際の非トレポネーマ抗原の力価は、どのような影響を与えるのであろうか。Rac MWらは、妊婦における非トレポネーマ力価の低下の経過と出産前までの力価の低下に関わる因子を調べるために、1981年9月から2011年12月までの間に妊娠18週以降で梅毒と診断された女性に対して後ろ向きコホート研究の二次解析を行った[3] 。その結果、出産前に力価が4倍以上低下した群と低下しなかった群で、出産時の妊娠週数に有意差はなかったが(38.4±2.9 週vs 38.1±2.6週;p=0.49)、治療開始から出産までの時間は力価が低下していなかった群で有意に短かった(11.1±5.1 週vs 7.8±5.0週;p<0.001)。ただし、治療を受けたときの妊娠週数は力価が低下した群で有意に小さかった(27.3±4.2 週vs 30.3±4.6週;p<0.001)。またCSの発生率については 、有意差はなかった(16% vs 20%;p=0.63)。つまり、治療を受ける時期が早い方が出産前に力価は低下するが、出産までに力価が低下しなかったからといって早産やCSのリスクが上昇するわけではないといえる。
これらのデータから、現時点では妊娠梅毒は少なくとも妊娠28週より前に治療すべきだと考えられる。そうでなければ新生児が先天性梅毒にかかるリスクが増大するからである。先天性梅毒のリスクについては治療を行うこと自体が重要であり、出産前の非トレポネーマ抗原力価の評価は必要ないと考えられる。
[1] 厚生労働省ホームページ “妊婦検査を受けましょう”(リーフレット)
[2] Hong FC1,et al. Risk of Congenital Syphilis (CS) Following Treatment of Maternal Syphilis: Results of a CS Control Program in China.:Clin Infect Dis. 2017 Aug 15;65(4):588-594. doi: 10.1093/cid/cix371.
[3] Rac MW,et al.Maternal titers after adequate syphilotheraphy during pregnancy,; Clin Infect Dis.2015 Mar 1;60(5):686-90 . doi: 10. 1093/cid/ciu920.Epub 2014 Nov 19.
寸評;このレポートの素晴らしいところは絶対リスクが明示されていることです。梅毒治療はリスクをヘッジするし、仮に28週以降であったとしても梅毒治療の価値はとても高い。統計分析よりもそっちのほうが大事、と僕は思う派です。
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