注意! これは神戸大学病院医学部生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。お尻に岩田が「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
肥満により、感染しやすくなる原因微生物は存在するのか?
肥満者は、術後感染・院内感染・皮膚感染などの感染症のリスクが非肥満者に比べて高いとされている1。 もし肥満により感染しやすくなる微生物が存在し、その微生物を特定できれば、感染症の疑いのある肥満患者さんの鑑別診断の一助になるのではないかと考えこのテーマについて調べてみた。
まず、種々の感染症の原因菌とそれに対する肥満のリスクを統計学的に検討している研究を調べたが、有用なものが見つけられなかった。ブリティッシュ・コロンビア大学のWacharasint.Pらによる敗血症ショックの患者730人のBMIと敗血症の原因菌を比較した研究では、BMI25以上の患者では真菌感染症が少ないという研究報告があった(グラム陽性・陰性菌ではBMIとの相関は見られなかった)。しかし、具体的な菌種について本文中で報告されていなかった2。一方で、肥満者と非肥満者を比較した結果、ある特定の菌について報告している研究を2つ見つけることが出来たので以下に記述する。
1つ目の研究は、イスラエルのRabin Medical centerのBishara.J博士らの研究である。過去の研究から、腸内細菌叢のFirmcutes/Bacteroidetesの比率の増加により肥満になりやすく、またC.difficile感染(CDI)のリスクが上昇することが報告されていた。これらの研究報告から彼らは、肥満になることでCDIのリスクが上昇するのではないかと考え、すでにC.difficileに感染していた患者を用いて後ろ向きケースコントロール研究を行った。まず、入院しているCDI患者148人に対し、同時期に入院した同じ診療科の非CDI患者148人を対照としBMIを比較した。CDI患者グループの平均BMIは33.6であったが、対照グループの平均BMIは28.9であり、オッズ比は1BMIあたり1.196であったため、肥満とCDIにある程度の相関を認める結果となった(CDIのリスク因子として知られる、年齢・入院期間・重篤合併症・抗生剤使用歴は厳密にコントロールして行われた)3。
しかし、St. Joseph's Regional Medical Center のPunni. Eらによる後ろ向きケースコントロール研究では異なる結果が出た。CDI患者189人に対して、同様に年齢・性別・人種を合わせた189人の対照グループのBMIデータを比較した結果、CDI患者の36%、非感染者の30%が肥満であり、有意差が得られなかった4。
以上より、感染症の原因菌と肥満に関して、相関があるのかどうか調べたがわからなかった。また特にC.difficileと肥満についての報告はあったが、これについても明白な結果は得られなかった。私が考えるにその理由として、肥満者の感染症のリスクをあげる因子が多岐に渡るためであると考えられる。例えば、Falagas.Mらの研究では、肥満患者は入院期間が比較的長いため、院内感染の原因菌への暴露期間が長くなり、肺炎・創部感染・.菌血症・CDIなどのリスクが上がることや、肥満患者は比較的傷の治りが遅いため、カンジダ皮膚炎や化膿性皮膚炎などの皮膚感染症のリスクが高くなることが報告されている1。この場合、院内感染や術後感染の原因菌は病院や施設に依存するし、皮膚感染症のリスク増加の原因が創傷治癒遅延であれば、多種の菌で感染しうる。従って菌に着目し網羅的に調べた研究はあまり行われていないのではないかと考えられる。
<参考文献>
1 Falagas, M.E., and M. Kompoti. 2006. Obesity and infection. Lancet Infect. Dis. 6:438–446. doi:10.1016/S1473-
3099(06)70523-0
2 Wacharasint P., Boyd J. H., Russell J. A., and Walley K. R.. 2013. One size does not fit all in severe infection: obesity alters outcome, susceptibility, treatment, and inflammatory response. Crit. Care 17:R122
3 J. Bishara, R. Farah, J. Mograbi, W. Khalaila, O. Abu-Elheja, M. Mahamid, et al. Obesity as a risk factor for Clostridium difficile infection Clin Infect Dis, 57 (2013), pp. 489-493
4 Punni E, Pula JL, Asslo F, Baddoura W, DeBari VA. Is obesity a risk factor for Clostridium difficile infection?
Obes Res Clin Pract. 2015;9:50-4. Medline:25660175 doi:10.1016/j.orcp.2013.12.007
寸評:直接指導できなくてすみません。議論がとっちらかってわけがわからないレポートにはなりました。が、今はこのような逡巡と逍遥のあるレポートのほうが将来性を感じてよいと思います。命題は難しかったので良い答えは出ないと思っていましたが、容易に答えが出そうな課題を小賢しく選ぶよりもずっとマシだと思います。
がんばってください。
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