注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
2016年7月15日より、レポート提出のルールを変えています。学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。
また、未完成者が完成者より得をするモラルハザードを防ぐために、完成原稿に問題があってもあえて修正・再提出を求めていません。レポート内には構造的に間違いが散在します。学生のレポートの質はこれまでよりもずっと落ちています。そのため、岩田が問題点に言及した「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
ARTを施行している患者のHIV治療において食事療法は有効か
HIV感染者にはHIV感染そのものに伴う代謝異常に加え、抗レトロウイルス薬による治療でも高脂血症との関連が知られており、これがアテローム性動脈硬化症を促進する、と報告されている。1)私はこの対策として食事療法を想定し、仮にこの食事療法がHIVそのものの治療にも結びつけばさらなる効果が得られるかもしれないと考え調べることにした。
第一にそもそもARTによって引き起こされる高脂血症は是正できるのか、これを確認しておきたい。魚油(オメガ3脂肪酸)は血清トリグリセリド(TG)値を低下させることがわかっているが、DabidらはARTを受けた患者に対して、標準的な食事療法(脂質を減らす)と運動管理に魚油を加えることでTG値を低下させると報告している。2)またカカオやマテ茶に含まれるポリフェノールには抗酸化作用や脂質低下が知られており、これもSuelenらによってARTが施行された患者にもTC、LDL-Cの低下HDL-Cの増加など効果があったことが報告されている。3)さらにRosangelaらによると生理活性食品化合物もTC、LDL-Cの低下を示している。4)これらのようにARTを施行された患者に対しても、他の高脂血症患者と同様に食事療法による是正が可能な例がいくつか見られた。
第二に重要となるのが、食事療法はHIV感染そのものに効果があるのか、という点である。Shan Jiangらは微量栄養素(ビタミン類、セレニウムなど)がHIV疾患に関連していることを、HIVに感染した成人に対して微量栄養素を摂取する群とそうでない群で分類した6つのランダム化比較試験からメタ解析をしている。これによると微量栄養素を補給した群では死亡率の減少(p=0.09)を認め、またHIV単独での死亡率の減少を認めた(p=0.02)が肺結核を合併したものでは有意差が得られなかった(p=0.65)。5)このように微量栄養素を補給することはHIVそのものの治療への相関がある可能性を示唆している。しかしこの背景として、確かにHIV感染は微量栄養素欠乏を引き起こすが、これら試験はアフリカを中心とした発展途上国で行われたものであり、そもそもの栄養状態が日本とは異なっている点を考慮する必要がある(ビタミンA欠乏などを考えても日本人には少ない)。そのため栄養状態が十分な患者に対してもただ微量栄養素を補給することが有効であるとは言いがたく、日本のHIV患者における標準的な食事療法として推奨するには難しいのではないかと考える。またHIVの有無に関わらず栄養状態が良くなったため予後が改善されただけ、という可能性も否定できず本当にHIVの治療に有効か、という点ではHIVに感染していない別の調査群を加える必要性が出てくるのではないかと考える。
最後に、高脂血症を改善しつつ、HIVそのものの治療となる(同一の)食事、栄養素を検索したかったが他に見つけることはできなかった。この原因としてはまだ先進国と発展途上国で患者数や治療の段階に大きな乖離があることが想定された。よって解答としては、ART合併症である高脂血症の改善はある程度見込めるだろうが、HIV自体の治療としてはまだまだ議論の余地がある、という結論に至る。また日本を含め先進国でも微量栄養素の補給がどのような影響を及ぼすのか、さらなる試験、精査が必要になってくるだろう。
(参考)
- Dyslipidemia and its Treatment in HIV Infection TOP HIV Med 20110 ; 18(3):112-118.
- Randomized Study of the Safety and Efficacy of Fish Oil (Omega-3 Fatty Acid) Supplementation with Dietary and Exercise Counseling for the Treatment of Antiretroviral Therapy-Associated Hypertriglyceridemia Clinical Infectious Disease 2005;41:1498-504
- Effect of chocolate and mate tea on the lipid profile of individuals with HIV/AIDS on antiretroviral therapy: A clinical trial Nutrition 43–44 (2017) 61–68
- The Effectiveness of a Bioactive Food Compound in the Lipid Control of Individuals with HIV/AIDS Nutrients 2016,8,598
- The Effect of Multiple Micronutrient Supplementation on Mortality and Morbidity of HIV-Infected Adults: A Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials J Nutr Sci Vitaminol ,58,105-112,2012
寸評:これもよいアイディアの命題で、しかも臨床的に地に足が付いている、患者のことをよく考えた命題です。データの検証もよかったです。対照群の必要性にも言及しましたね。
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