注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員がスーパーバイズしています。そして本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。
2016年7月15日より、レポート提出のルールを変えています。学生に与えられたレポート作成時間は総計5時間。月曜日に「質問形式」のテーマを考え、岩田が審査し、そのテーマが妥当と判断された時点からレポート作成スタート、5時間以内に作成できなければ未完成、完成して掲載レベルであればブログに掲載としています。
また、未完成者が完成者より得をするモラルハザードを防ぐために、完成原稿に問題があってもあえて修正・再提出を求めていません。レポート内には構造的に間違いが散在します。学生のレポートの質はこれまでよりもずっと落ちています。そのため、岩田が問題点に言及した「寸評」を加えています。
あくまでも学生レポートという目的のために作ったものですから、レポートの内容を臨床現場で「そのまま」応用するのは厳に慎んでください。
ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
「潜在性結核感染症を伴う肝移植患者に対して、抗結核薬の予防投与は有効か」
潜在性結核を有する固形臓器移植のレシピエントでは、免疫抑制剤による影響のため、重篤で生命にかかわる結核の再活性化を引き起こす可能性がある。固形臓器移植の結核の発生率は、一般市民の発生率より36~74倍高くなっており、大部分は潜在性結核の再活性化を意味し、移植後の一次結核感染の獲得、移植による結核菌の感染はまれである。よって潜在性結核の同定は移植前に推奨され、イソニアジドの予防投与が推奨されている。しかし肝移植のレシピエントは、イソニアジドの肝毒性が問題となる。予防を行うメリットと肝毒性によるデメリットの兼ね合いに興味を持ち今回調べることとした。
Fábrega E1, Sampedro B, Cabezas J, Casafont F, Mieses MÁ, Moraleja I, Crespo J, Pons-Romero F.らの研究では、2000年から2010年にで肝臓移植を受けた患者145例の病院記録を参照した。移植術前精査においてTST陽性を示した患者に対し、術後で臨床的に安定した際イソニアジドを6ヶ月間予防投与した。評価期間は平均53ヶ月で、イソニアジドの肝毒性は、通常の5倍以上のALTが認められた場合、イソニアジド中止により改善が見られたか、また肝生検資料において肝炎の組織学的診断が得られたかにより評価した。
結果としては、53人のTST陽性の潜在性結核患者と92人の陰性患者において、生存率に優位な差は認められなかった。このうち、結核の再活性を認めた患者はおらず、53人中4人が肝毒性により治療離脱となったが、いずれも重度の移植片機能不全を示していない。⑴
Jafri SM1, Singal AG, Kaul D, Fontana RJ.らの研究ではでは、2008年から2009年にミシガン大学において肝臓移植を受けた患者325例を参照した。QFT試験とTST試験により潜在性結核感染患者とされた25人と、感染のない296人を含む。感染患者には、臨床的に安定した後、イソニアジドを6ヶ月予防投与された。平均フォローアップ期間は34ヶ月である。
結果としては、潜在性結核感染の有無に関わらず移植後3年生存率に有意差はなかった。このうち結核の再活性化を認めたものはおらず、肝毒性は6%で発生したが死亡は報告されていない。⑵
以上結果からの2つの論文では、潜在性結核に対して予防投与を行うことを推奨すると結ばれていた。
これらの研究において以下の点について考慮する必要があると思われた。
①移植肝であること、症状のない患者であくまで予防投与であることを考慮すると、肝毒性による肝機能低下の発生率が6%という結果は無視されるべきではないのではないか。本研究の対象者では、評価のため6ヶ月間の集中管理下で、素早い治療の介入が可能であったが、実際の臨床では、治療介入の遅れによる肝毒性の発生率の増加も考えられる。
②対照群について、結核菌の罹患率が地域により大きな差があること、またその対象人数の絶対数の小ささによるバイアスが考えられるのではないか。また治療介入の開始タイミングも定まっておらず一定していないことによるバイアスも考えられる。
③潜在性結核の判定には、TSTやQFTが用いられるが、確定した検査が存在しないこと。QFT試験は肝不全患者を対象に行われた比較試験では、80%以上でツ反との一致がみられたものの、不一致例はBCG接種既往と無関係であった。加えて、重症肝不全例やリンパ球減少例で判定保留となることがわかっている。このことにより、対照群を明確に分けることが難しいと考えられる。
二つの研究からは生存率や肝障害など有害事象の出現率の観点からは予防内服が有用であると考えられる。しかし上記のような各研究の問題点を考慮すると移植患者へのINH予防内服については慎重な検討が必要である。
参考文献
⑴Chemoprophylaxis with isoniazid in liver transplant recipients
Liver Transpl. 2012 Sep;18(9):1110-7. doi: 10.1002/lt.23480.
⑵Detection and management of latent tuberculosis in liver transplant patients
Liver Transpl. 2011 Mar;17(3):306-14. doi: 10.1002/lt.22203.
寸評:論文の著者の主張を鵜呑みにせず、ちゃんとクリティークしていて素晴らしいと思います。でも、これだけロバストなデータが有れば予防内服は正当化できるでしょう。臨床医学においてはテクニカルに不十分な論文もざっくり正しいことは多いのです。
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