化学療法学会に掲載された複数の論文について疑義があったので下記を投稿したが、本稿が「Letter to Editor」に相当し、かつ誌上に「Letter to Editor」というカテゴリーがない(!)とのことで不採用になった。前にも同じ様なことはあったので予想の範囲内であったが、筋を通すためにまず学会誌に投稿したうえでブロクにアップする。
Levofloxacin注射剤を用いた臨床試験の妥当性
ランニングタイトル:Levofloxacin臨床試験の妥当性
岩田健太郎1)
1)神戸大学大学院医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野
〒650-0017 兵庫県神戸市中央区楠木町7丁目5−2
キーワード:Levofloxacin, 臨床試験
論文形式:短報
著者連絡先:岩田健太郎 (省略)
要旨:日本化学療法学会雑誌2017年5月号には「原著論文」としてLevofloxacin注射剤に関する3つの臨床試験が掲載された。しかし、これらはいずれも重大な方法論上の、そして利益相反上の問題点が存在する。本稿ではこれらを検討、指摘するものである。
日本化学療法学会雑誌2017年5月号には「原著論文」としてLevofloxacin注射剤に関する3つの臨床試験が掲載されている1)2)3)。本稿ではこれらの妥当性を検討する。
治療薬の効果を判定するには比較試験を行うのが標準的だが、今回はどの研究もシングルアームの検証である。また、患者数も18名1)、19名2)、21名3)、と極めて少ない。疾患単位では急性胆嚢炎が5例、急性胆管炎が3例とごくわずかで2)、この程度の症例数で「有効性」や「安全性」を論ずるのは臨床医学の常識から大きく外れる。むしろ探索的なパイロット・スタディーと呼ぶべきであろう。また、いずれも患者の重症度分類も行われておらず、恣意的な治療を可能にしている。こうしたデザイン上の欠陥を看過したまま「治療効果が期待でき、安全性に重大な問題はない」(文献1,2,3いずれにもこう述べられている)と断じることはできないはずだ。
各研究は外科領域感染症にLVFXを用いた「第III相」「オープンラベル」試験を行ったとある1)2)3)。
たしかに、本邦ではこのような呼称を慣例的にもちいるきらいはある。しかし、本来、第III相試験は通常、治療の利益を証明または確認するために行い、よって多数の被験者を必要とする。一般には比較群を置いて治療薬の効果を確認することが多い。本試験は単に患者を少数集めてその治療経過を観察しただけなので、前向き介入はあるものの「第III相」の要件を満たしているとは言い難い4)。非常にまれな疾患、代替薬が存在しない疾患にはこのような研究デザインは許容されるかもしれないが、当該感染症はコモンなものばかりで、だいたい標準治療薬も存在する。よって、研究倫理の観点から「第III相」に該当するだけの研究デザイン上の妥当性や堅牢性を欠いている。また、「オープン・ラベル」とは盲検化しないで「ラベル」することであり、本来、比較試験でない研究に用いるべき呼称ではない5)。
加えて、研究者の利益相反が問題である。多くの著者らは第一三共株式会社との利益相反がある。百歩譲って、寄付金や委託料の類は情報公開によって一応の道義は遵守していると解釈できなくもないが、著者に製薬メーカーの職員が参加しているのは大きな問題だ7)。なるほど、創薬など基礎医学系の研究であればメーカー職員が参加するのは大きな問題ではなかろうが、臨床効果を検証する臨床試験に参加させるのは倫理的に大きな問題がある。近年では日本での製薬会社職員による臨床データ捏造事件や、患者個人情報の無断閲覧事件が発生しており、社会的にも大きな問題になり、また我が国の臨床研究の信頼を著しく傷つけた6)7)。
そもそもこの程度の小規模な臨床研究で製薬メーカー社員が研究に参加せねばならないのも理にかなっていない。いずれも医療者だけで十分、遂行可能な規模の研究である。せめて、各研究者、とくにメーカー社員たちが研究でどのような寄与をしたのか論文中で明示すべきであり、かつメーカー社員たちが患者カルテを直接閲覧できないようなプロトコルと、そのプロトコルの論文中での明示化が必須であっただろう。
諸々の研究はすべて「LVFX注射剤の適応拡大」1)のために、まさにメーカーの利益誘導を目的として行われているようだ。その場合、通常は各疾患の標準薬と比較しての非劣性試験を行うか、後ろ向き研究などこれまでの国内外での診療実績を鑑みて当該感染症への効果は十分承知されている(公知である)として演繹的に承認するべきである。中途半端な臨床データを用いて承認拡大を目指すメーカーや研究者も学術的でないし、このようなデータでもし適応拡大が承認されるのであれば、その審査は非科学的、権威的、かつ形式的なものになってしまう。臨床効果も安全性も担保しない、質の低いデータで承認拡大を許容するよりは、データなしで公知により承認拡大したほうが理にかなっているし、諸研究に参加していただいた被験者への公正さも保たれるというものである。
謝辞:用語の定義や使用について、神戸大学医学部附属病院臨床研究推進センターの大森崇氏にご助言いただいた。この場をお借りして感謝申し上げます。
文献
1) 草地信也, 大江慶司, 奥田恭行, 佐々木淳一, 前谷容, 渡邉学, 他:Levofloxacin注射剤の外科領域感染症を対象とした臨床試験。日化療会誌 2017;65:445-455
2) 竹末芳生, 大江慶司, 奥田恭行, 相崎一雄, 河内保之, 清水潤三, 他:Levofloxacin注射剤の腹膜炎患者を対象とした臨床試験。日化療会誌 2017;65:446-468
3) 三鴨廣繁, 山岸由佳, 大江慶司, 奥田恭行, 石川睦男, 千石一雄, 他:Levofloxacin注射剤の婦人科感染症を対象とした臨床試験。日化療会誌 2017;65:469-483
4) U. S. Food & Drug Administration. On Clinical Research. https://www.fda.gov/forpatients/approvals/drugs/ucm405622.htm (最終閲覧日 2017年5月22日)
5) Sedgwick P. What is an open label trial? BMJ. 2014 May 23;348:g3434.
6) Japan investigations allege misconduct in large-scale clinical studies : News blog [Internet]. Available from: http://blogs.nature.com/news/2013/08/japan-investigations-allege-misconduct-in-large-scale-clinical-studies.html 閲覧日2017年5月22日
7) 改善点は「製薬業界に必要な指導」 イグザレルト問題で塩崎厚労相 | 日刊薬業WEB - 医薬品産業の総合情報サイト [Internet]. Available from: http://nk.jiho.jp/servlet/nk/gyosei/article/1226588970099.html?pageKind=outline閲覧日2017年5月22日
Plausibility of Clinical Trials on Parenteral Levofloxacin
Kentaro Iwata1)
- Division of Infectious Diseases Therapeutics, Kobe University Graduate School of Medicine.
Kusunokicho 7-5-2, Chuoku, Kobe, Hyogo 650-0017 Japan
Abstract: I read 3 articles regarding clinical trials on parenteral levofloxacin with interest. However, there are several critical shortcomings on each trial. They have no comparative groups and number of participants are so small to demonstrate efficacy and safety of levofloxacin for each given infections. In addition, there are significant issue regarding conflicts of interest, with employees of pharmaceutical companies participating in these trials without disclosing their roles. As phase III trials, one should have better designing of the trials while overcoming issues of conflict of interest.
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