S「D先生、大変です。研修医が薬を投与した直後に患者が急変して、ICUに入ってしまいました」
D「聞いてる。慌てるな。指導医が慌てたからって患者が改善するわけじゃない。幸い、患者のバイタルは持ち直してるみたいじゃないか。すぐにインシデント・レポートを提出して、原因究明しようじゃないか」
S「え?でも、研修医の落ち度かどうかはまだ分からないんですよ。患者の急変の原因だってまだ分かってないんですから。インシデントは勇み足では?」
D「アホか~!患者が入院中に予定外の急変が起きてICUに入っただけで、十分にインシデントものじゃ。一度、内視鏡消毒器に頭を突っ込んで脳の中まで高レベル消毒してもらうがいい、少しはましになるだろう」
S「そこまで言わんでも」
D「アメリカではこういうケースは「M&M(morbidity and mortality conference)というカンファを開いて、みんなで情報を共有することになっている」
S「また、アメリカでは、アメリカではとかいうと、古い先生たちに「ここは日本じゃ」って怒られますよ」
D「ばーか、ここが日本とか、アメリカとか関係あるか。よいものはよい、悪いものは悪い。そんだけじゃ。ニッポンチャチャチャで夜郎自大な日本中心主義のジジイどもなど、自衛隊に志願して南スーダンにでも行ってればいいんだ。愛国心がさぞ満足されることだろう」
S「今に路上でVXガスで殺られますよ」
D「いいか、ここでも大事なのは患者目線だ。お前な、患者や家族で、入院して、入院時よりもさらに様態が悪くなる、なんて予想している奴らがいると思うか?」
S「いや、もちろん、いませんよ。患者さんだって、その家族だって、よくなるために入院しているんですから。入院してから悪くなるとは予想していないでしょう」
D「そうだろ。俺たち医療者は患者の急変に慣れている。慣れているがゆえに「こんなものだ」と思ってしまう。しかし、本当に「こんなもの」なんだろうか?そうじゃない可能性だってあるじゃないか」
S「ま、そうですね」
D「コモンセンス(常識)は大事なんだよ。もっと患者目線になれ。患者の急変を許容するな。それを「こんなもの」ではなく「あってはならないもの」と認識するんだ。そうすれば、今回の件だってほったらかしてよい理由はゼロなはずだ」
S「D先生に常識について諭されると、すごい違和感あるんですが」
D「俺こそがミスター・コモンセンス、常識の伝道師なんだよ」
S「ないない」
第59回「インシデントは積極的に」その1 終わり
続く。
この物語はフィクションであり、DとSも架空の指導医です。
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