献本御礼(アマゾンのリンクがうまく貼り付けられない。だれか直す方法ご存じの方、教えてください〜)
因果関係と相関関係について繰り返し説く本。構成がしっかりしていてとてもおもしろく読みました。
おそらく、因果、相関の違いを普段から考えている人は、スラスラと読んでいけると思います。が、これまでそういう話をまったく聞いたことがない人にはちょっと難解な本だったかもしれません。「反事実」とか言われてもピンとこないでしょう。
想像するに、本書は「そういう人」を想定読者に設定していたので、そこは難しいとこだと思います。で、「そういう人」は本書をどう読むかというと、たぶん、「結論だけ読む」と思います。ちょうど本書の帯が示唆しているように、「そうか、テレビを見せても子供の学力は下がらないんだ、ガッテン、ガッテン」と読む。おそらく、その可能性が高いです。
その根拠となるゲンコウの研究は40-50年代アメリカのテレビ視聴の有無とその後の学力を吟味しています。が、娯楽の乏しかった時代に突如現れた「テレビ」という存在と、21世紀日本の「テレビ」では、シニフィアンに対するシニフィエが全く異なるものになっているでしょう。50年前の「ラジオ」と今の「ラジオ」がまったく異なる価値を我々にもたらしているように。そもそもこのスタディー内でも親の教育レベルや人種によって結果が異なっているわけで、今の日本で「やっぱテレビガンガンみても大丈夫だよね」とはならないでしょう(この「ガンガン」が吟味されていないのは言うに及ばず)。無論、著者らはそういう話には自覚的で解説にも留意点が述べられていますが、「そういう人」はたいてい、自分の耳に快感が強いキャッチーな言葉しか聞き取らないので、「ガンガンテレビ見せたれ、ガッテン、ガッテン」になってるんじゃないかな。難しいですよね。
「偏差値の高い大学」のトピックも、能力を評価して会社に採用するアメリカの研究が、「大学名」がまだ幅を利かせている日本に適用できるかというとかなり疑問です。
この問題は、経済学における「実験」にたくさんの属性が多すぎて、外的妥当性を見出す根拠が乏しくなりがち、という難しい問題が背景にあると思います。医生物学ですら「欧米の研究が日本で使えんのか」という批判をよく受けるわけで、社会文化歴史的要素が影響しやすい経済や教育という領域で「ある介入」がどういうアウトカムをもたらすか、その外的妥当性についてはかなり高いハードルがあるのでしょう(だからこそエビデンス・ベイスドな経済学の勃興が遅れたとも。ま、医学のそれも似たようなものだけど)。
とはいえ、本書で一番「ガツン」とやられたスタディーがあります。
ぼくが研修医の時、経済学を勉強したくなってたとき、「経済学勉強するならマンキューだよ」と言われて訳本を買ったことがあります。そのときは、その分厚さと多忙さを言い訳に、ずっと読まなかったんですけど、最近ようやく読んで呆然としました。
「なんか、めっちゃ自由経済主義のポジショントークじゃん」
それもそのはず、ブッシュ政権のアドバイザーだったわけで、ポジションはしっかりしてたんですね。だからマンキューを読んで思ったのは、これは最初に結論ありきの理論構築で、ちょっと前までのマルクス主義史観の歴史学と五十歩百歩ちゃうん?でしだ。
その「マンキュー」が主張していたのが、「最低賃金を上げると雇用が減る」という「理論」です。そして本書は「エビデンスによると、最低賃金を上げても雇用は減らない」と述べました。そうだよな、とぼくは納得したのでした。
しかししかし。おそらく、異なる状況下では最低賃金を上げると雇用が減ることもあるんじゃないだろうか。だからこそ財政は難しく、経済学者は間逆な意見を戦わせて「俺のほうが正しい」と主張しあってまったく噛み合わないのでしょう。ある状況下では鉄壁の経済政策が、別の状況下ではまったくの失政になるのですから。
とにかく、本書は「内容を批判的に吟味しながら読む」、トピックをすでにわかっている人と、「結論だけ読んで面白がる」タイプに分断されながら読まれる可能性が高いです。例えば、日本のジャーナリストの多くは後者です。今朝BBCのニュースを聞いていたら、「ベリー(berry)を食べると記憶が良くなる」という研究を紹介していましたが、記者が「どのくらいよくなるのか」「どういうメカニズムなのか」「ワインの場合はどうなのか」と研究者を質問攻めにしていて感心しました。日本だったら大本営の研究者の記者会見をそのままコピペして記事にしていたでしょう。
本来なら各トピックに関連した論文をシステマティックに検索して批判吟味するのがフェアだとは思います。例えば、テレビ視聴が学力にネガティブに作用するというシステマティックレビューもあるわけで。でも、本書はダイヤモンド社からの商業的な書物なので、こういう構造も「アリ」だとぼくは思います。
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