S「D先生、こないだ教えてもらったみたいに、研修医には懇切丁寧に説明しています。「違いがわかる」ことの重要性を伝えてます」
D「ああ、あっちで見てたよ。ありゃ、ダメな教え方だな」
S「なんですって?」
D「丁寧に教えすぎだ。秀才くんはちょっと教えてやると極端に走り過ぎなんだよ。いいか、研修医も教育もナマモノだ。塩梅ってのが大事なんだよ」
S「そうでした~?難しいなあ」
D「そう、難しいんだよ。教育はお笑いライブといっしょだ。ただ、内容が同じ話をすればよいというものではない。タイミング、呼吸のとり方、相手の息遣い、目線、いろいろなことに気を配らないといけない。昨日、ウケたからといって、同じことを今日やってウケるとは限らない」
S「うーん。難しすぎる」
D「簡単だ。スベることを怖がらなきゃいいんだよ。教育活動なんていうのはいつでも100%うまくいくわけじゃない。失敗を繰り返して、たまにうまく行けば御の字くらいに気楽に考えればいいんだよ」
S「D先生みたいにちゃらんぽらんな人格ではありませんから」
D「人格攻撃すんな。とりわけ人格者が服を着て歩いている俺に向かって、なんてことを」
S「何が服を着てるですって?」
D「教育なんてな。研修医をがっかりさせなきゃ、なんとかなるもんだ。つねに100点満点の教え方なんてしなくていい」
S「でも「がっかりさせない」って難しいじゃないですか。こないだも「一貫性がない」問題の話をしたでしょ。こちらは一貫性があると思っていても、研修医は一貫性がないと誤解してしまう。研修医の誤解の可能性を考えると、なかなか「がっかりさせない」のは難しい」
D「まあ、そうだな。特に近年は研修医の求めるニーズが多様化しているからな。一律に同じような指導がしにくくなっている。あちらを満足させても、こちらががっかりする、というわけだ」
S「本当、昔みたいに指導医がある程度理不尽なのがデフォルトだった時代に比べると大変ですよね。未熟な研修医に理解があるよき指導医モデルを演じるのは正直、つらいです」
D「つらいのは、昔みたいな一貫した指導医のあり方をモデルにしてるからだよ。いいじゃないか。物分りの良い理想の指導医役を演じれば。所詮、演技なんだ。そう割り切ってやれば、簡単にできるぞ」
S「そんなんでいいんですか?」
D「ダメに決まってるだろ。そんなつまんない指導医なら、辞めたほうがマシだ」
S「そうですよねえ。D先生は確かに理不尽で性格悪くて言葉も汚いですが、物分りの良い演技をされてる姿を想像すると、とっても気持ち悪いです」
D「君は案外、ぼくよりも口汚いのに気づいているかい?しかも爽やか笑顔でそれをやるから、なおいっそうグサグサくるんだよ」
S「D先生、案外傷つきやすい、チキンですもんね?」
D「ほらまた飛んできた。その飛び道具なんとかしろ!」
S「でも、「がっかりさせない」指導医。どうしたらいいんだろ」
D「ふっふっふ。では、教えてしんぜよう」
S「そんな方法あるんですか?」
第23回「がっかりさせてはならない」その1 終わり
続く。
この物語はフィクションであり、DとSも架空の指導医です。
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