D「よく引用する例だが、ラグビーの平尾剛さんが言うには、できの悪いコーチがやる練習のパターンがあるんだという」
S「といいますと?」
D「できの悪いコーチは選手を練習でガンガン走らせる。そして、疲れ切ってもう一歩も動かねくなるようになるまで練習を続けるんだそうだ」
S「それのどこがいけないんですか?ラグビーは走ってなんぼ。さぞスタミナのあるよいチームになるんじゃないですか?」
D「逆だよ。そういうチームは試合になると、最後まで走りきれず、すぐにバテバテに動けなくなってしまうんだ」
S「え?どうしてですか?」
D「理由は簡単だ。「疲れ切って一歩も動けなくなる」まで練習していると、いつしかそれが練習の目的に転化してしまうからさ。人間というのは不思議なもので、手段の目的化が起きると「早く疲れ切って動けなくなるようになりたい」という無意識の欲望が生じてしまうんだ。無駄な筋肉の動き、バラバラなフォームが醸造され、「疲れやすい」身体の動き方をしてしまう。スタミナをつけるつもりが、かえってスタミナのない体になってしまうんだ」
S「ああ、なるほど。なんとなく分かるような気がします」
D「さて、研修医を毎晩夜遅くまで居残らせることを「目的」にしてしまうと、何が起きるか分かるか?その研修医はどんどん無能になっていくんだよ。30分でできる患者のアセスメントに2時間も3時間もかけるようになる。15分で書けるカルテに1時間を要するようになる。ダラダラと時間を引き伸ばして延長するようになる。そして夜中まで病棟にはべり、「一所懸命やってる優秀な研修医」という勘違いな評価を受けるんだ」
S「うむむ。確かにそういう研修医、多いかも」
D「俺は内科研修医の頃、自分の受け持ち患者を12人前後にキープできるのが優れた研修医だ、と当時の指導医に教わった。そのためにはどんどん入院してくる患者に対して、上手に患者を退院させねばならない」
S「ふむふむ」
D「そのためには、入院当初からの正確な患者アセスメントと治療計画、そして退院に必要な諸々の事項を見通して着々とやっていく能力が必要だ。3,4人分の治療計画を同時に考えるような効率性も必要だ」
S「なるほど」
D「できの悪い研修医は、場当たり的に「発熱」「胸痛」といった主訴だけで入院させ、なんとなく検査を出し、なんとなく治療する。退院をいつ、どのようにさせるかも考えていない。だから、ずるずると入院期間が伸びる。入院期間が伸びると自分の患者リストは減らない。減らないから、患者が溜まってマネジメントが遅れる。そうこうしているうちに、予防対策なんかを怠って患者に合併症が起きる。そして入院期間がさらに伸びる。悪循環だ」
S「うーん、ありがち」
D「そうやって後手後手に患者対応に追われているから勉強する暇もない。よって能力も上がらないんだ」
S「はい」
D「研修医は定時で帰宅できることを目標にすべきなんだ。研修医も、指導医も。定時を定めてしまえば、逆算的に今日どのように一日を過ごすべきか一所懸命考えるようになる。工夫するようになる。遅くまでダラダラ残っている研修医には何の工夫もない。そんな研修医を許容し、あまつさえ賞賛するなんて指導医として以ての外なんだ。価値の顛倒だよ」
S「うぐぐ。また完膚なきまでに論破された、、、なんかくやしいぞ」
D「多くの病院の経営状態はよくない。赤字の最大の原因のひとつは人件費だ。そして、人件費の一番のムダは「必要ないのにやってる残業」代だ。ここにメスをズバッと入れれば病院経営もかなりよくなるよ。それを具現化すれば、どこの病院長も研修医が賢く定時に帰宅することを歓迎するはずだよ」
S「最後まできれいにまとめちゃって、、、もう悔しい!」
D「ぬはははは、俺が議論するときは、いつだって相手は木っ端微塵なのだよ、S先生」
S「そんなことしてると、いつか後ろから刺されますよ」
D「ちゃんと背後には人を入れないもーん。病院界のゴルゴなんだモーン」
第12回「研修医のプライベートライフを大事にしよう」その2 終わり
続く。
この物語はフィクションであり、DとSも架空の指導医です。
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