ご存知のように日本は薬剤耐性菌を減らすためのアクションプランを発表した。これまでのように「会議を開け」「講習会に参加させろ(労働時間伸びてブラックになっても)」「なんでもいいから病院巡回グルグルしろ」といったプロセス評価ではなく、具体的なアウトカムを2020年までに出すと公言しているのは大きな前進である。
ただし、今のままではこのようなアウトカムが得られる可能性は極めて低い。アクションプランを見ると「国際協力の推進」「研究開発」「日本の手動力の発揮」といった観念論が目立つ。このような精神主義でたった4年間で、このようなハードアウトカムを達成するのは至難の業である。専門家の間でも懐疑的な意見は多い。
それに、間違ったアウトカム設定もある。例えば、ぼくの予測だと抗菌薬を本当に適切に使用すると、今よりも抗菌薬使用量は多くなるはずだ。多くの外来、病院では不適切な少量短期抗菌薬使用が目立つからである。アンピシリン・スルバクタム、セフォペラゾン・スルバクタム、セファゾリン、経口薬ならアモキシシリン、セファレキシンなどを適正に使うと、全使用量はおそらく増えるし、先に行われた感染症学会地方回の発表データでもそれは示唆された。
抗菌薬の一義的な目的は、患者のアウトカムを改善させることである。患者はどうなってもよいから抗菌薬減らせ、では本末転倒だ。アクションプランはすぐに改定すべきだ。
が、その勢いで「骨抜き」になっても困る。例えば、経口セフェム、キノロン、マクロライドを50%減らすはよいアウトカムである。こういうものはしっかり遵守すべき、あるいはむしろ強化してもよいくらいだ。
しかし、現在のアクションプランにはそれを具現化させる策がない。「研究」や「国際協力」がその答えではないことは明らかだ。具体的に泥臭く、できることはなんでもやる、という覚悟を持たねばこのようなアウトカムは得られない。例えば、狭域抗菌薬の薬価改定(高額化)のような、これまでのタブーに踏み込む勇気が必要だ。
ここでは具体的にキノロンを減らす策を提言する。厚労省が「キノロンは使うな」といい、PMDAが代替薬であるバクタの添付文書を改定せよ、という案だ。勇気さえあればできる。カネもほとんどかからない。
すでに米国FDAは「キノロン使用を制限せよ」と警告を出している。安全面に問題があるからだ。海外で医薬品の安全面で警告が出されたら速やかにそれを紹介し、また援用するのは厚労省の責務である。厚労省はもっと踏み込んだアクションを取るべきではないか。
そして、最近の米国医師会雑誌(JAMA)では、「じゃ、キノロンを出さないなら、何を出すのか」という当然の疑問に対して「代替薬リスト」を紹介している(厳密にはMedical Letterの紹介)。例えば、膀胱炎にはバクタ(ST合剤)が推奨されている。
全国の泌尿器科医がキノロンをバクタに変えるだけで、アクションプランのアウトカム達成には大きく前進するのは間違いない。
しかし、バクタの添付文書がそれを邪魔している。例えば、「原則禁忌」のところにはこう書いてある。
本人又は両親、兄弟が気管支喘息、発疹、蕁麻疹等のアレルギー症状を起こしやすい体質を有する患者又は他の薬剤に対し過敏症の既往歴のある患者
患者の親兄弟に「他の薬剤」に対して過敏症があったからといって、バクタを当該患者に出してはいけない道理はない。悪いが、ぼくは患者本人に「気管支喘息」があっても躊躇なくバクタは使う。必要性がリスクを上回るのなら(そして、ぼくは必要性がリスクを上回らない限り薬は処方しない)。
この添付文書のような、おかしな指南をしている国はぼくが知る限り日本だけだ。これはあまりに理不尽な「禁忌」である。実は(個人情報の関係で詳細はここでは述べられないが)このせいで、医療トラブルに発展した事例もある。
また、「警告」とあって、
「血液障害,ショック等の重篤な副作用が起こることがあるので,
他剤が無効又は使用できない場合にのみ投与を考慮すること。」
とも書いてある。これでは、多くの医者は怖くてとてもバクタは処方できまい。そしてこの文章に論理も常識もない。ほぼすべての医薬品が「血液障害、ショック等の重篤な副作用を起こすことがある」からだ。
昔、ぼくは担当厚生労働省官僚の一人に、バクタの添付文書は科学的に、論理的に無理があるから改定すべきだと霞が関で意見したことがある。しかし「そんなことはあなた以外の誰も言っていない」とけんもほろろに断られてしまった。だれが言っていようが理にかなっていない、間違った添付文書は改定すべきなのだ。しかし、官僚は要するに「メディアが騒いで問題に」しなければ動かない。また、一般的に、過去の間違いを認めて改善しようとしない悪い癖がある。無謬主義に陥っている。
キノロンを減らすなら、代替案は提示せねばならない。膀胱炎に「抗菌薬なし」はよい選択とはいえないからだ。たしかにバクタにも副作用はあるが、ステロイドユーザーやエイズ患者での予防薬としての実績は十分で、副作用は対応可能なものがほとんどだ。3日間の膀胱炎への使用で問題になることは極めてまれで、少なくともキノロンの副作用リスクを上回ることはないと思う。
今できる、やるべきことをすべてやらないとアクションプランの具現化はありえない。メンツとか製薬メーカーへの配慮といった「どうでもよいこと」に拘泥しなければ、こうした改善は今すぐできるはずだ。今すぐやるべきだ。
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