アメリカにいた時は、血液培養からBacillusが生えたらまずコンタミ(汚染)と考えよ、と教わった。2001年に炭疽菌バイオテロがあった時は、こうしたコンタミのBacillusを全て炭疽菌かどうかの同定作業にまわさねばならず、検査室が忙殺されていたのを思い出す。
しかし、日本ではB. cereusが血培から生えた場合、真の菌血症であることが多くてびっくりした。夏場に多い感染症で、湿度の高さなどが関係しているのだろうか。しかし、アメリカも夏は暑くて湿度の高い地域はたくさんあるから、これだけでは説明にならない。清拭をリユースしていることが芽胞を作る本菌のリスクであることも関係していることは、自治医科大学などの報告で分かっている。清拭をディスポにすることでB. cereus菌血症は激減する。
ちなみに、自治医科大学でB. cereus菌血症のアウトブレイクが起きたのは本院が問題のある病院だったからではない、とぼくは推測する。そうではなく、森澤先生、矢野(五味)先生(当時)ら感染症のプロがいる病院だったから、当時は珍しかった血液培養2セットをしっかりとっており、したがって問題をアイデンティファイできたのだ。現在でも血液培養をとらない病院、医者は多く、2セットでない場合も多い。一番問題なのは「まったく問題が起きていない」病院である。「犯罪者がゼロの国」のようなものだ(犯罪者がいないのではなく、警察が無能で検知できていない)。B. cereus菌血症は現在でも日本のあちこちで起きているだろう。そうとは気づかれずに。
ところで、B. cereus菌血症は清拭のディスポ化で激減したが、ゼロにはなっていない。いまでも散見する。その場合、ほぼ全例に末梢静脈栄養(ビーフリードなど)が使われている。「ぜったいこれだよね」と思っている感染症屋は多いはずだ。
それを崎浜先生と徳田先生が明示してくれた。ある病院でのB. cereus菌血症のリスクを多変量解析で吟味したものだ。論文には明示されていないが血液培養2セットがきちんとなされている「あの病院」だと思われる。多変量解析による末梢静脈栄養のORは88.7 (95% CI, 17.4-451.9)。少なく見積もっても17倍、悲観的に見ると450倍もリスクが高いのだ。本研究は後ろ向き研究であり、Discussionにあるようにバイアスの入っている可能性はある。しかし、学問的に議論の余地はあっても、その臨床的な意義は十分に大きい。末梢静脈栄養は感染症のリスクなのだ。
さて、末梢静脈栄養は日本独自の製品であり、海外ではほとんど使われていないと聞く。では、栄養学上本当に必要なのだろうか。患者には臨床的なアウトカムをもたらすのだろうか。そのような「エビデンス」を未だみたことがない。ASPENにももちろん言及はない。日本でのNSTの講習や日本の教科書では専門家が使用を推奨している。しかし、ただ「使う」とのみあり、あるいはその理論的な利点が述べられているだけで、患者がどうなった、という言及はみたことがない。
よって、NST領域と感染管理領域の専門家で協議して、この感染リスクを高める栄養供給が本当に臨床現場で使うべきなのかを検討すべきだ。使うべきだというなら、なぜそうなのかも吟味すべきだ。だれに、どのような条件で使えば、リスクを上回る利益を得られるかを吟味すべきだ。そのような利益がないのなら、病院で末梢静脈栄養を用いるべきではない。
以前、JSPENのCRBSI定義について批判した。これも血液培養をちゃんととらない、日本の臨床現場の反映だ。日本静脈経腸栄養学会からはすぐに丁寧な御返事が来て、ガイドラインの見直しを検討してくれるとのことであった(迅速な対応、ありがとうございます)。末梢静脈栄養の利益とリスクのエビデンスについてもぜひ検討していただきたいと思う。現行のJSPENガイドラインでは「末梢静脈栄養は使え」的な言いきりであり、「ビタミンB1が足りてないこともあるので、足そう」みたいなほとんどメーカーの宣伝みたいな推奨もあってよろしくない。
なお、崎浜・徳田論文では故・遠藤和郎先生の名前がクレジットされている。そういう意味でも貴重な論文で、少し胸が熱くなった。
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