注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
バンコマイシンとβ-lactam系抗菌薬のMSSA菌血症に対する
治療効果の比較
黄色ブドウ球菌菌血症は、死亡率20%~40%と非常に重篤な疾患である。黄色ブドウ球菌の菌血症への代表的抗菌薬は、起因菌がMRSAならバンコマイシン(以下VCM)、MSSAならnafcilin,oxacilin,cefazolin等のβ-lactam系抗菌薬である。 (1)しかしMSSA菌血症に対する治療としては、薬剤感受性試験でMRSAではないという結果が分かるまでVCMを投与し、その後にβ-lactam系抗菌薬を投与するde-escalationが一般的である。(2) このような従来の抗菌薬の投与方法が最適な治療法なのか疑問に思ったので、今回は、MSSA菌血症に対し、VCMまたはβ-lactam系抗菌薬を投与することによる治療効果の違いを、エンピリックな治療期間とそれ以後の期間のそれぞれで比較した。
Marin L Schweizerらは、エンピリックにVCMを投与されていたMSSA菌血症の患者の中で、nafcillin又はcefazolinに切り替えた群(66人)とVCMを投与し続けた群(56人)を対象に後ろ向きコホート研究を行った。その結果、nafcillin又はcefazolinに切り替えた群はVCMを投与し続けた群に比べて、死亡率が69%有意に低かった(ハザード比0.31,95%信頼区間0.10~0.95)。(3)
Jennifer S McDanelらは、MSSA菌血症患者の最初の血液培養を行うための採血が実施された日から4日後~14日後の期間、β-lactam系抗菌薬を投与した群(4698人)と、同様に4日後~14日後の期間VCMを投与した群(935人)を対象に後ろ向きコホート研究を行った。その結果、β-lactam系抗菌薬を投与した群はVCMを投与した群より死亡率が35%有意に低かった(ハザード比0.65,95%信頼区間0.52~0.80)。また、採血が実施された日の2日前~4日後の期間、β-lactam系抗菌薬を投与した群(2659人)と、VCMを投与した群(3125人)を比較した結果、両群の死亡率に有意差は認められなかった(ハザード比1.03,95%信頼区間0.89~1.20)。(4)
R.Khatibらは、MSSA菌血症の患者の中で、薬剤感受性試験の前にVCMを投与し、その後にβラクタム系抗菌薬を投与した群(94人)と、βラクタム系抗菌薬のみを投与した群(62人)を対象に後ろ向きコホート研究を行った。その結果、3日間以上菌血症が持続する割合が、前者が56.3%に対し、後者が37.0%と、前者が後者より有意に高かった(p=0.03)。(5)
これらの研究から、薬剤感受性試験の判定の後にVCMからβ-lactam系抗菌薬にde-escalationすることは、VCMをde-escalationせずにVCMの投与を継続することに比べて、MSSA菌血症の死亡率を減少させる一方で、薬剤感受性試験の前にVCMを投与することは、β-lactam系抗菌薬の投与に比べて、死亡率こそ同等であるものの、MSSA菌血症の持続期間を延長させてしまう可能性があることが分かった。しかし、エンピリックに、VCMではなくβ-lactam系抗菌薬のみを、入院患者や、抗菌薬暴露歴のある患者、透析患者、長期療養施設入居者のようなMRSA感染の可能性の高い患者に投与することはリスクが高い。結局、このような患者に対しては、VCMやリネゾリド等の抗MRSA薬からβ-lactam系抗菌薬にde-escalationする方法が最善であると言える。
しかし、このような状態を解決するかもしれない方法がある。しっかりとしたエビデンスはないものの、VCMとβラクタムの組み合わせがVCM単独より、MSSAに対して効果的であることが示唆されている。(6)もしMSSAに対し、VCM単独より有効な、VCMとβラクタム系抗菌薬の併用方法が確立されれば、エンピリックなVCM投与によりMSSA菌血症患者が受ける不利益を緩和するかもしれない。今後、VCMとβラクタムの併用に関する研究が進むことを期待している。
参考文献
- ハリソン内科学日本語版第3版 p1013
- Daniel J Sexton et al Clinical approach to Staphylococcus aureus bacteremia in adult. Up to date
- Marin L Schweizer et al. BMC Infectious Diseases 2011, 11;279
- Jennifer S McDanel et al. Clinical Infectious Diseases 2015;61(3):361-7
- Khatib et al. Eur Clin Microbiol Infect Dis (2006) 25: 181-185
- Kevin W. McConeghy et al Clinical Infectious Disease 2013;57 (12):1760~1765
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