件名の本を読んだ。
最初に申し上げておくと、ぼくは重粒子線治療とはなんの利害関係もない内科医だ。ほめても貶しても、実利はない。
さて、本書である。
なんかもう、すごいがっかり。
重粒子線を用いた、用いている患者は時々診る。なので、それがどんなものが勉強したいとは思っていたが、時間と意欲と緊急性のバランスが取れず、先送りにしていた。
そこへ本書である。即買した。が、内容には失望せざるを得なかった。
要するに、本書は「重粒子線素晴らしい、日本のテクノロジーバンザイ、先見の明があるからアメリカさんがあとから頭を下げて勉強しに来てるやん」をアピールする本である。本の目的としては少々、品性を欠くが、「それ」が事実ならば、まあ書籍としてはありだろう。
しかし、その「重粒子線素晴らしい」が本書からはちっとも伝わってこない。
1.アメリカがギブアップしたのを日本はあきらめなかった。
ま、これはいい。
2.日本が世界をリードしている。
これもべつに、いい。
3.治療成績がよい。
ここが分からない。本書で治療成績らしきものに触れているのは、16pからの短い部分だけで、シングルアームの5年局所制御とか、5生率、あるいは肝細胞癌について「2日間に2回照射する方法が確立されています」という「文章」だけだ。論文引用はゼロ。イワタがPubmedで調べてもなにも見つからず、比較試験すらない。極めて驚くべきことだが、本書には一本の医学論文の引用もない。
これで「素晴らしい」とは、少なくとも門外漢には思えない。そして本書は重粒子線のインサイダーではなく、「そんなものを知らない」人のために書かれた本のはずだ。その多くはイワタ以上に医療医学、がん治療の素人であり、間違ってもミスリーディングな記載は厳禁なはずではないか。
通常、このくらいのデータで「効く」と結論付けるのは困難なはずだ。しかし、著者は重粒子線が保険診療に採用されないのがおかしい、と主張する。「厚労省は、極めて不誠実な態度で健康保険適用を認めないできました」(162p)というのだ。
C型肝炎治療薬「ハーボニー」(レディパスビル)が健康保険適用になり、重粒子線治療がそうならなかったと筆者は非難する。「米国製で」「この先副作用が出る可能性だってある新薬」に比べ、「20年以上の実績があって日本自慢の炭素イオン線に対するケチケチぶり、この違いの理由を厚労省は国民に対して合理的に説明できるのでしょうか(166p)。
ぼくには、できる。新しい、C型肝炎治療薬(レディパスビルに限らないが)は素晴らしすぎるからだ。
それはこれまでの難治性疾患を大多数「治癒」に導き、過去最高のアウトカムを提供し、場合によっては本疾患そのものの根絶だって目指せるかもしれない。2101年に「21世紀最大の医学上の貢献」が「C型肝炎の治療」だったとしてもぼくは驚かない。対して、「20年以上」もやっていて説得力のある臨床データすら出せない(あるなら出すべきだ)治療とは比べ物にならない。「新薬」の長期的有効性や安全性を過信してはいけない、というのは事実だが、ことC型肝炎に限定すると、得られるメリットの大きさが通常の医療とはぜんぜん違う。例えば、新しいHIVの薬出ました、くらいのインパクトではないのだ。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25863559
日本製か米国製かなんて、患者の利益を考えれば「小さな話」だ。そのくらいの大局観がなくて、医療ジャーナリストはやってけないとぼくは思う。
他の療法との比較がないという口実で健康保険適用を阻まれている現状を見るにつけ、この当時の放医研の慎重な姿勢を口惜しく思うのと同時に、先輩たちの過去の無体な振る舞いがなかったかのように「正論」を押し付ける厚労省を医療界に対しては憤りを覚えます(111p)。
とありますが、比較もしないで保険適用するほうがよっぽど患者に不誠実で、逆恨みもよいところだ。「比較がない」は立派な根拠で「口実」でもなんでもない。ストックホルム症候群でもあるまいし、取材対象者に対する過度なエコヒイキがひどすぎる。
別にぼくは重粒子線治療なんて止めてしまえとも思っていない。今後も研究を続け、臨床応用の価値を吟味し続ければ良い。ただ、現時点でこれを諸手を挙げて賛辞する根拠は、本書からも他からもぼくには見えない。その根拠をちゃんとしめすか、根拠が無いなら根拠が無いという事実を誠実に示すか、、、、どちらでもよいけれども、そういうのが本当の医療ジャーナリズムだと僕は思う。
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