現在まとめている本の一部だが、ご質問いただいたのでこちらに紹介。歯切れのよい回答ではないが、臨床的な問題とはたいてい歯切れの良くないものなのだ。
急性咽頭炎
細菌性急性咽頭炎の治療薬はは、ペニシリン系が第一選択肢である。前職の亀田総合病院ではバイシリンを出していたが、現在では入手の容易さからサワシリン(アモキシシリン)を用いることが多い。もちろん、伝染性単核球症でないことを確認することが大事になる(アミノペニシリンによる皮疹を避けるため)。
そういう意味でも微生物学的確定診断(迅速溶連菌検査か咽頭培養)は必須だと思う。培養陽性イコール伝染性単核球症の否定とは言い切れないが、若い人のオッカムの剃刀から、ある程度蓋然性は上がる(ただし、後述する問題は残る)。
よく用いられるCentor criteriaとかMcIsaac scoreとかがある(Centor RM et al. The diagnosis of strep throat in adults in the emergency room. Med Decis Making. 1981;1(3):239–46.; McIsaac WJ et al. A clinical score to reduce unnecessary antibiotic use in patients with sore throat. CMAJ. 1998 Jan 13;158(1):75–83)。これは年齢や咽頭所見、咳がないこと、発熱、全頸部リンパ節腫脹などを加味して臨床的な溶連菌感染「らしさ」を見積もるものだ。溶連菌感染は小さい子供に多いが、1歳未満には少ない。高齢者ではまれである。「高齢者でのどが痛い場合、抗菌薬を必要としない原因のことが多い」と青木眞先生はおっしゃったように記憶している。至言だと思う。
ちなみに成人の溶連菌感染だとCRPが20前後にまで上がることは珍しくない。それで相談されることもある。でも、基本的に経口抗菌薬でちゃんと治せる。CRPが20以上だと入院、という変なルールを病院で作ってはいけない(20未満でも入院が必要な感染症も多い)。
CentroもMcIsaacも厳密に暗記しなければならないというものではない(私は暗記してない)。要は患者の全体像がわかっていれば良いので、それを数値化し、デジタルに表現しただけの話である。Centorゼロ点でも7%に、McIsaacゼロ点でも14%にA群溶連菌(GAS)感染がある。逆に両者が満点でも実際にGASの咽頭炎があるのは半数程度だ(Fine AM et al. Large-scale validation of the Centor and McIsaac scores to predict group A streptococcal pharyngitis. Arch Intern Med. 2012 Jun 11;172(11):847–52)。やはり、検査は大事なのだ。咽頭炎に関する限り、病歴と身体診察だけでは診断には不十分である(CRPとかは測らなくてもよい。上記のような混乱を招くだけだ)。
細菌性咽頭炎の原因はほとんどGASだと教わっていたが、最近の研究では10-20%程度はFusobacterium necrophorumが原因であるという。血栓性内頸静脈炎、いわゆるLemierre症候群の原因として有名だ(Centor RM et al. The clinical presentation of Fusobacterium-positive and streptococcal-positive pharyngitis in a university health clinic: a cross-sectional study. Ann Intern Med. 2015 Feb 17;162(4):241–7)。この論文はAnnalsに載っていて評判になったが、ファースト・オーサーはあのCentorさんである。ちなみに、CentorはOを用い、真ん中のCenterにしてはならない。どうでもいいけど。この研究は、どうやら2010年の症例報告がきっかけのように想像される(Centor RM, et al. Fusobacterium necrophorum bacteremic tonsillitis: 2 Cases and a review of the literature. Anaerobe. 2010 Dec;16(6):626–8)。症例報告は大規模な研究の動機付けになる大切なものなのだ。症例報告を決して軽々しく扱ってはならない。
ルーチンの咽頭培養では嫌気性菌のF. necrophorumを検出できない。日本の状況を検討するためには、特別な配慮を持って研究しなければならないし、今後のプラクティスも(培養方法含めて)いろいろ考えるべきか。ちなみに、Fusobaceteriumはたいていペニシリンに感受性があるから、治療の仕方は変わらない。要するに、CentorとかMcIsaacでコテコテの細菌性咽頭炎で、かつ咽頭培養が陰性の時は、このFusoによる細菌性咽頭炎を考慮せねばならないってことだ。臨床診断で事前確率が高く、検査が陰性の場合のシナリオ、と一般化すれば、どうすればよいかはわかりと簡単なはずだ。
また、この研究ではMycoplasma pneumoniaeも急性咽頭炎の原因として指摘されている。それは1%程度の比較的まれな原因であるが、そういうものもある、というわけだ。G群やC群溶連菌も咽頭炎を起こす。近年、両者の感染症は増えているような気がする。
もうひとつ、A群溶連菌も、Fusobacteriumも口腔内、咽頭の定着菌として無症状の患者でも検出されることがこの研究から明らかになった(GASについては前からそうだとわかってたけど)。したがって、ウイルス性急性咽頭炎で、かつGASやFusoがコロニーで見つかるだけ、というシナリオの存在も考えなければならない。ここまでくると、「わけわからん」状態だが、曖昧さに耐えることが成熟の証であるとフロイト先生もおっしゃっているのだから、我々も臨床上の曖昧さに、じわじわ、わじわじ耐えるべきなのだ。同様に「溶連菌の存在証明」が「伝染性単核球症の非存在証明」にはならないため、サワシリンを使うリスクは(わずかながら)感受性ねばならない。難しい。
さて、IDSAのガイドラインでは、GASの咽頭炎はペニシリンかアモキシシリンで治療するよう推奨している(Shulman ST et al. Clinical Practice Guideline for the Diagnosis and Management of Group A Streptococcal Pharyngitis: 2012 Update by the Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis. 2012 Nov 15;55(10):e86–102)。アメリカにはバイオアベイラビリティのよいペニシリンVがあるから、そちらでもOKなのだ。ペニシリンアレルギーがある場合は、第1世代のセフェム、すなわちケフレックスなどかクリンダマイシンなどが推奨される。マクロライドも選択肢に上がっているが、日本のGASは耐性菌が多いので、このアメリカのガイドラインはアプライできまい。JANISの2013年のデータではおよそ44%のGASはエリスロマイシン耐性である(http://www.nih-janis.jp/report/open_report/2013/3/1/ken_Open_Report_201300.pdf 閲覧日2015年6月25日)。IDSAは3世代セフェム(cefdinir, cefpodoxime)が咽頭炎に効いたというスタディーも引用するが、研究の方法論的な問題と、「広域にすぎる」という根拠からこうしたセフェムを推奨できない、としている(Tack KJ et al. A study of 5-day cefdinir treatment for streptococcal pharyngitis in children. Cefdinir Pediatric Pharyngitis Study Group. Arch Pediatr Adolesc Med. 1997 Jan;151(1):45–9.;
Pichichero ME et al. Effective short-course treatment of acute group A beta-hemolytic streptococcal tonsillopharyngitis. Ten days of penicillin V vs 5 days or 10 days of cefpodoxime therapy in children. Arch Pediatr Adolesc Med. 1994 Oct;148(10):1053–60.)。
たしかに、こうした3世代セフェムは10日治療のペニシリンと違い、5日間という短期間の治療ができるのが「売り」だ。うちの娘も溶連菌感染をやったが、10日間1日3回抗菌薬を子どもに飲ませるのは大変だった。大人でも嫌だが、子どもも薬は飲みたがらない。なだめたり、すかしたり。それにしても、サワシリンを1服飲ませただけでさあっと熱が下がったのには驚いた。最近では言わなくなったが、「抗菌薬のキレ」とはこういうことかと思った。重症連鎖球菌感染症に初めてペニシリンを使ったアメリカの医者の気持ちがわかったような気がした(Grossman CM. The first use of penicillin in the United States. Ann Intern Med. 2008 Jul 15;149(2):135–6)。
ところで、日本感染症学会、日本化学療法学会(JAID/JSC)の感染症治療ガイド2011では、細菌性急性咽頭炎治療の第一選択肢はアモキシシリンであった。これが最新版の2014年版では小児と成人に分割され、成人では第一選択肢(非重症)ではアモキシシリンに加え、フロモックス(セフカペン・ピボキシル)、メイアクト(セフジトレン・ピボキシル)、トミロン(セフテラム・ピボキシル)、アジスロマイシン、そしてクラリスロマイシンとなっている。小児でも同様でアモキシシリン以外の選択肢が加わっている。
加えて、成人の場合のみアモキシシリンの治療期間は6日間とされている。服薬コンプライアンスが低下するからだそうだが、この「6日間」を正当化できるデータを私は知らない。ひとつだけ「これか」というデータはあるが、これはアモキシシリン10日間との直接比較ではなく、クラリスロマイシンとの比較である。また「除菌率」がアウトカムであり(87%)、臨床試験としては質が高いものとはいえない(山本祐子ら 小児科診療 1999:52:125-128)。これだけの根拠で「6日間」と言い切ってしまう(そして10日の治療を否定してしまう)のは乱暴だ。せめて「このような小規模な試験があるので、6日間というオプションもあるかも」くらいの言及にすべきだ。というか、本ガイドの小児のパートすら、アモキシシリンの治療期間は10日間である。小児のデータを小児のガイドにアプライはできまい。
もし勘違いでなければ、場違いな場所に苦し紛れの質問をさせていただいた小生の質問についての返答ではないかとお見受けします。もしそうであれば深謝します。たしかに曖昧な臨床を踏ん張って堪え忍ぶことで、揺れながら芯に近づければいいと思います。国の感染症動向の内容を見るたびに、迅速検査キットの売れ方と疾患の流行が並行するような感覚になることがあるので、いろいろと思いあぐねていました。わたしのような老医も含めて多くの日本の臨床医に一つの指針を示し続けてくださることはすばらしいことです。しかし貴兄のみに依存することなく自分自身できちんと調べ上げて悩み抜くことを怠らないように自戒して今回の内容を読ませていただきました。著書の完成はまた速やかにアナウンスしてください。購入して勉強します。
投稿情報: Yoshimoto Oike | 2015/06/26 08:16