本日発売。例によって「はじめに」を転載して宣伝に替えます。実際にどうなってんの?神大感染症内科、とブラックボックスに興味のある人はどうぞ。ベストレクチャー賞もらったClinical Problem Solvingレクチャーシリーズも再掲しています。
はじめに
本書は神戸大学医学部附属病院感染症内科のテーブル回診をライブ録音し、それを元に書籍化したものです。録音は2014年5月に行われました。
感染症科、感染症内科の回診のやり方はいろいろあると思います。たぶん、日本では見たことがない、という人が圧倒的に大多数でしょう。日本には感染症科や感染症専門医がいない病院は多いですし、かりに感染症科があっても感染制御のほうがメインだったりしますから。
神戸大の感染症内科は2008年4月に創設されました。それ以来、感染症診療をずっとやってきました。基本的には(岩田が訓練を受けた)アメリカ型の感染症診療スタイルで、他科からのコンサルトが中心ですが、エイズなど感染症プロパーの患者の場合は自らベッドを持って入院させたりしています。本書をご覧になればお分かりいただけるように、いろいろな科からコンサルトの相談を受けたり、血液培養陽性をモニターして、こちらからコンサルトを提案したりしています。午前中にローテート中の初期研修医や感染症後期研修医(フェロー)が患者を見に行って、午後に指導医たちとテーブル回診をし、その後ベッドサイドに新患や問題のある患者を見に行く、というのを基本スタイルにしています。もっとも、患者は生き物なので、この原則が崩れることも多々ありますが。本書はその毎日行っているテーブル回診の様子をライブ録音したものなのです。
指導医は現在(本稿執筆時点)パートタイムも含めて5名いますが、録音当時は4名でした(岩田、大路剛講師、松尾裕央医師、西村翔医師)。岩田は火曜日に外病院にいくため回診には参加できず、今回は2週間分、計8日間の回診の様子が紹介されています。
この回診はなかなか大変なものです。回診は診療の質を担保する目的と、教育の目的があります。教育はベッドサイド実習中の5,6年生、ローテートしている初期研修医、フェロー全てに行われなければならず、それぞれ医学知識も興味関心も、求められるレベルも異なっています。それぞれ異なるニーズを同時に満たし、易しすぎにも難しすぎにもならないような回診にするのは大変です。
フェローたちは回診のあと、各科の主治医と協議したり患者のマネジメントをしたりせねばならず、延々、長々と回診すれば良いというわけにはいきません。端折るところは端折り、細かくチェックするところはチェックして、メリハリを付ける必要があります。うちの科は徒に夜遅くまで仕事をするという通俗的な勤務医の労務スタイルからの脱却を目指しており、仕事を終えたらスタッフはすぐに帰宅するよう励行しています。ぼく自身、子育て中で家事・育児に従事せねばならず、夜遅くまで回診しているわけにはいきません。そういう時間的制約の中で、診療の質を落とさず、教育の質も落とさないためにはどうしたらよいか、回診は毎日工夫と努力の連続です。
教科書や講演などで感染症について情報発信している岩田ですが、実際のところ、どんな感じなの?とよく聞かれます。見学に来られるのが一番ですが(歓迎します)、そうもいかない方も多いでしょう。「実際のところ」を是非本書でご覧頂きたいと思います。診断に至るまでのプロセス、議論のポイント、展開されていくロジックなど、「感染症の診療とはどのようなものか」を、追体験できるものと思います。
本書をお読みいただいた読者の皆さんは、感染症の回診なのにあまりCRPとか使っていないことにお気づきになるでしょう。プロカルシトニンはほとんど使われていません。かといって、CRPを全然使っていないわけでもないことにも気づいていただけるでしょう。CTやMRIなどの画像検査も「必要」「不要」といった二元論で議論していないことにもお気づきいただけるでしょう。どうもときどき、「岩田は抗菌薬不要論を唱えている」とか「CRPを敵視している」といったデマをお流しになる方がおいでのようですが、「そういう話」ではないことは本書をお読みになれば、御理解いただけると思います。
ゲラを2014年の12月に読み直していたのですが、「今だったらこうは教えない」「こうは言わない」というところが多々ありました。5月は研修医もフェローも不慣れなので、基本的なところができていません。なので、この時点では基本的なしつけ教育みたいなところが長々と繰り返されています。今だったら、フェローたちも感染症診療やコンサルタント業務に慣れてきたので、もうすこしサクサクと教えることができます。冬になるとコンサルトの患者も激増しますから、長々と教える余裕もありませんし。また、ぼくのほうも日々教育方法、教育観が変わってきています。半年も経つと、「もっとましな言い方」や「もっとしっくりした考え方」というものが出てくるものです。
というわけで、「うーん、こういう言い方は今ならしないなあ」というところも多々あったのですが、そこはそのまま残しました。なんといっても本書は「ライブ」なので、あとから編集を加えてしまうと、ライブ感が損なわれてしまうのです。
とはいえ、結局筆はたくさん入れました。コメントの背後にある文献的記載はできるだけ紹介しました。また、冗長な繰り返しはシンプルに読みづらいので避けました。岩田は実は無口な性格で、普段あまりしゃべりません(ホント)。宴席などでもたいくつな存在です。回診の時は、地でぺらぺら喋っているのではなく、訓練して練習したトークをエンジン全開にして喋っているのです。ネジ巻きに巻いたあと、一気呵成にしゃべっていますからすごいおしゃべり、すごいマシンガントークになります。あくまで、「演技」なんです。しかし、それはそれとして、ゲラでは繰り返しが多いのに我ながらうんざりしました。ぼくのおしゃべりは「演技」ですが、「くどくてしつこい性格」は本当だと思います。
それから、これはあくまでも内輪のトークですので、ブラックなジョークなど「外に出せない話」はわりとあります(みなさんも、あるでしょう)。あまりに誤解を生みそうなきわどいジョークは割愛し、比較的穏当なものだけ残すことにしました。ただ、あまりに「政治的に正しく」しすぎるとキレイ事になりすぎてしまうので、現代医療批判などは忌憚なく残しました。個人の医師名や医療機関名はさすがに伏せましたが。同様の理由で学生や研修医、フェローたちの名前も偽名にし、患者の個人情報に抵触するところは「非公開」にしています。
すでに決着のついている患者についての症例カンファレンスではなく、本書のコンテンツは現在進行形の患者のマネジメントを刻々と記したものです。患者のアセスメントが途中で変わったものもありますし、岩田が露骨に間違えていたものもあります。自らの経験不足、知識不足、判断力欠如に呆然とし、苦痛に思いながらゲラを読ませていただきました。しかし、そういうのも含めて「ライブ」ですので、割愛したい衝動を抑えこんで、ここで吐露することにしました。基本的に診療行為や診断に完璧はなく、失敗したりしくじったりしながらやるものだと思いますが、「しくじってもリスクを挽回できる」ような工夫はしているつもりです。読者の皆さんも、我々の見立てが当たった、外れた、という部分だけではなく、外れた場合にどのようにリスクヘッジしているのかにもご注目いただければ幸いです。
岩田健太郎
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