日経メディカルにときどきでてる書評?です。
エボラ出血熱対策のために1ヶ月ほどシエラレオネにいた。2014年12月から翌1月までいた。
多くの日本人がそうであろうように、ぼくはシエラレオネという国について何も知らなかった。どこにあるのかも地図上で正確には指差せなかった。現地に赴く直前になって、この国が(やはりエボラに苦しむ)隣国のリベリアやギニアとは全く異なる歴史を持つ、全く異なる国であることを学んだ。日本と韓国と北朝鮮が、「東アジア」とひとくくりにできないように、これら3国も「西アフリカ」とくくることはできないのだ。極端に単純化して言うと、シエラレオネは英国植民地だった歴史を今も引きずっており、リベリアは米国の、ギニアはフランスの植民地だったことが現在の国のあり方に大きく影響している。
シエラレオネではたくさんの貴重な体験をしたが、もっとも貴重な体験の一つが憧れのポール・ファーマー医師との出会いであった。ポール(すでにファースト・ネームで呼び合う仲だ。自慢だけど)については「復興するハイチ」で紹介したから詳しくは繰り返さない。空港のラウンジで雑談していた時、彼が手にしていたのが今回紹介するグレアム・グリーンの「事件の核心」だったのである。英国植民地時代のシエラレオネが舞台の小説だ。
格調高い英国の作家グリーンはぼくには敷居が高いような気がして、長い間手が出せないでいた。しかし、ポールがお気に入りというのだから、ここはトライしない訳にはいかない。もっとも、アフリカ帰りで疲労困憊だったので英語版は回避して邦訳を読んだ。
これが実に素晴らしい小説だった。良い小説との出会いは、しばしばこのようなセレンディピティがもたらす。
雨期の蒸し暑くて鬱陶しいシエラレオネの気候の中で、冴えない警察副署長が妻との関係がうまくいかずに困っている。南アフリカに転地したい妻のために金が必要だ。ダイアモンド鉱山で有名なシエラレオネは、ダイアの密輸入などで風紀が乱れている。大戦中で、さらに世の中は物騒である。警察官には汚職の誘惑が常につきまとう。鬱陶しい雨期の湿気のように、黒水病(マラリアのこと)の熱のようにそれはつきまとう。そのなかで、主人公は宗教的な葛藤の末、大きな決断をするのだが、あとは読んでのお楽しみだ。
グリーンはシエラレオネに何度か滞在しており、英国情報部MI6のためにスパイ活動をしていたらしい。あの有名なキム・フィルビーとも仕事をしていたそうだが、そのへんの詳細はもう一人の英国大作家、ジョン・ル・カレの傑作、「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」が参考になる。
グレアム・グリーン 「事件の核心」ハヤカワ文庫
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