注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
院内肺炎治療におけるグラム染色の有用性
院内肺炎(Hospital-acquired pneumonia: HAP)は入院後48時間以上経過した患者において発生した、入院時に検出されていなかった起因菌による肺炎と定義される。本疾患は抗菌薬治療や支持療法の進歩した現在においても患者の予後に重要な疾患であり、HAP関連死亡率は33-50%とされる1)。HAPの治療に当たっては適切な治療効果を得る、また耐性菌の発現を抑える観点から、その起因菌を知り可能な限り有効範囲の狭い抗菌薬を使用することが望ましい。このためHAP患者においては喀痰培養検査が施行されるが、培養検査はその評価までに数日を要するためこの間empiricな治療を行わざるを得ない。そこで治療に当たって考慮すべき菌種を絞り込むうえで、迅速で簡便に行うことのできるグラム染色を用いることは有用であろうか。
HAPの一形態である呼吸器関連肺炎(Ventilator-associated pneumonia: VAP)についての後向き研究においては、VAP疑い症例(既に抗菌薬による治療が開始されているものを含む)から気管内吸引により得られた喀痰に対してグラム染色を行ったところ、同検体からの培養結果を基準とした感度・特異度・陰性的中率はそれぞれ91%、64%、94%であったと報告されている2)。この結果は、気管内吸引により得られた検体のグラム染色は特異度には劣るものの良好な感度と陰性的中率を示し、グラム染色で菌を見出さない場合には治療の必要がない可能性を示唆するものであるといえる。また日本において行われた培養陽性であったHAPに対する後向き研究においては、抗菌薬による治療開始直前に採取された、Geckler分類で4または5の良質な喀痰検体に限った場合の各菌種におけるグラム染色の感度および陰性的中率について分析が行われており、それぞれグラム陽性菌91.3%,87.5%(MRSA感度86.7%)、グラム陰性菌85.0%,84.2%(Pseudomonas aeruginosa 感度77.8%)であったとの報告がある3)。この結果は良質な喀痰検体が得られた場合にはグラム陽性・陰性菌共に良好な感度と比較的高い陰性的中率を持つことを示しており、グラム染色の結果から想定される菌種をカバーした抗菌薬を使用することでほとんどのカバー漏れを防ぐことができると考えられる。
しかし一方でVAP症例に対するグラム染色についてのメタアナリシスにおいては、グラム染色の培養結果に対する感度・特異度・陽性的中率・陰性的中率はそれぞれ79%、75%、40%、91%と報告されており、陰性的中率を除いては感度を含めて良い結果を得られていない4)。この結果からは、グラム染色で陰性の場合においてはVAPの可能性は減少すると考えられるが、その他のグラム染色の結果によって初期治療における抗菌薬のカバーを狭めることは不可能であると言える。
以上の報告より、現在のところHAPにおけるグラム染色の有用性は確立していないと言うべきであろう。
研究結果に乖離が生じた原因として、BLOTら及びIwataらの研究2), 3)はともに1施設のみにおける研究でありサンプル数が限られていたことや採取法が一定しており、後者においてはGeckler分類も用いたのに対し、O’Horoらの研究4)は多研究に及ぶメタアナリシスであり検体の質やサンプリング方法、VAP診断における培養陽性の基準など種々の因子が異なる研究を集めたことによる影響が考えうる。
なおIwataらの研究 3)は対象を厳しく限定したものであり、質の高い検体に限定すればやはりグラム染色は良好な感度と比較的高い陰性的中率を発揮しうると考えても良いであろう。
【参考文献】
1) Am J Respir Crit Care, Med 2005;171:388―416.
2) FRANÇOIS BLOT, BRUNO RAYNARD, ELISABETH CHACHATY, CYRILLE TANCRÈDE, SAMI ANTOUN, and GÉRARD NITENBERG, Am J Respir Crit Care Med Vol 162. pp 1731–1737, 2000
3) Kentaro Iwata • Wataru Igarashi • Midori Honjo •Hideaki Oka • Yuichiro Oba • Hiroyuki Yoshida •Goh Ohji • Toshihiko Shimada, J Infect Chemother. 2012 Oct;18(5):734-40. doi: 10.1007/s10156-012-0411-x. Epub 2012 Apr 11.
4) John C. O’Horo, Deb Thompson, and Nasia Safdar ,Clin Infect Dis. 2012 Aug;55(4):551-61. doi: 10.1093/cid/cis512. Epub 2012 Jun 7.
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