注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
MRSA感染症に対するVancomycinのトラフ値の設定について
Vancomycin(VCM)は細胞壁合成阻害薬のひとつで、細胞壁前駆体の終末側D-Ala-D-Alaに作用するglycopeptideのひとつである。グラム陽性菌に広く有効であり、特にMRSA、MRCNS、PRSPといったpenicillin、cephem系抗生物質に耐性のグラム陽性菌による重症感染症の標準的治療薬である。またC.difficile感染の治療薬としても用いられる1)。
VCMは治療域と中毒域が近く、投与量の調節には血中濃度のモニタリングが必要である。VCMの投与量設定にはピーク値ではなくトラフ値の測定が最も正確かつ実用的である。MRSAによる感染症の治療を行う場合、目標トラフ値の設定としては以前10-15μg/mlが標準的であったが、現在では15-20μg/mlに設定することが推奨されている。これは近年MRSAにおけるVCM耐性が徐々に増加していることが関係しており、MICが2μg/dlの株に対してはVCMの臨床効果は期待できないとの報告もある2)。重症患者、重度肥満患者、腎機能障害を有する患者など分布容積に変動のある患者では随時トラフ値を測定し、15μg/ml以下であれば追加投与が推奨される。
この一般的にVCMは他の抗菌薬よりも比較的副作用の少ない薬剤であるが、投与速度や高容量の投与、併用薬剤によっては副作用を生じることがある3)。特にトラフ値は副作用の頻度と相関性があり、トラフ値が20μg/mlもしくは4g/day以上の高容量投与では腎毒性が現れやすい4)。また既に腎機能低下をきたしている患者やaminoglycoside系、cyclophosphamide、NSAIDSなど腎機能低下を来す可能性のある薬剤を併用している患者では顕著に腎毒性が現れやすい3) 5)。
前述のようにMRSAのMICの上昇に伴い、VCMの殺菌作用が十分に有効となるAUC/MIC値≧400を達成するためには高いトラフ値の設定が必要となるが、これは副作用のリスクも上昇させることが懸念される。また20μg/ml以下であっても、トラフ値を高く設定することは治療成績には影響せず、むしろ副作用を増やすのみであるという報告もある6)。以上よりトラフ値の設定は無闇に高くするべきではなく、患者の腎機能や併用している薬剤などを考慮し、定期的に血液検査を行いつつ投与量を調節していくべきである。
【参考文献】
1. レジデントのための感染症診療マニュアル 第2版 青木眞著
2. Liu C, et al. Infectious Diseases Society of America. Clinical practice guidelines by the infectious diseases society of america for the treatment of methicillin-resistant Staphylococcus aureus infections in adults and 19 children. Clin Infect Dis. 2011; 52: e18-55.
3. S. J. Vandecasteele, et al. The pharmacokinetics and pharmacodynamics of vancomycin in clinical practice: evidence and uncertainties. J. Antimicrob. Chemother. (2013) 68 (4): 743-748.
4. Thomas P, et al. Larger Vancomycin Doses (at Least Four Grams per Day) Are Associated with an Increased Incidence of Nephrotoxicity. Antimicrob. Agents Chemother. April 2008; 52: 1330-1336
5. Lodise T, et al. Larger vancomycin doses (at least four grams per day) are associated with an increased incidence of nephrotoxicity. Antimicrob Agents Chemother. 2008 Apr;52(4):1330-6.
6. Barrire, et al. Effect of vancomycin serum trough levels on outcomes in patients with nosocomial pneumonia due to Staphylococcus aureus: a retrospective, post hoc, subgroup analysis of the Phase 3 ATTAIN studies. BMC infectious Deseases 2014 14; 183
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