シリーズ 外科医のための感染症 8. 創部感染(深部SSI含む)の診断と治療
さあ、それでは具体的な術後感染症についてひとつひとつ見ていきましょう。
最初はSSIです。surgical site infection, 創部感染ですね。
皮膚は人間の最強の免疫機構の一つです。体外にいる微生物が体内に入るのをブロックしてくれます。最近では、これが単なる物理的なバリアなだけでなく、分子生物学的、免疫学的にかなり高度なメカニズムで人体を守ってくれていることが分かってきました。特異的な免疫細胞や接着分子、抗菌ペプチドなど、獲得免疫および自然免疫で人間を守ってくれているのです。
ですから、皮膚のバリアが失われた患者さんはとても感染症に弱いです。熱傷、外傷、皮膚炎の基礎疾患、、、こういう場合、感染症のリスクは非常に高いのです。
手術もまた、バリアたる皮膚を「あえて」傷つける営為です。その創部が侵入門戸となり、細菌が入り込み、感染を成立させるのがSSIです。
浅部SSIと深部SSI
SSIは大きく2種類、人によっては3種類に分類します。2種類の場合は浅部SSIと深部SSI。これに臓器体腔SSIという概念が加わることもあります。その場合は「深部SSI」とは体表以下の、深部軟部組織(筋膜とか筋肉)のSSIのことを指します。で、皮膚、皮下組織のものを「浅部SSI」と呼ぶのです。
我々臨床の感染症屋は普通、SSIは2分類します。2分類が覚えるのに簡単、ということもありますが、深部SSIは体表から見えないのでそれ以上区別するのが困難だったりしますし、ぶっちゃけ、治療はおんなじだったりするからです。というわけで、ここでは臨床的に
浅部SSI
と
深部SSI
に分類しましょう。
分類とは恣意的な営為であり、「正しい」分類というのはありません。学会のコンセンサスや教科書の記載を「正しい」という言い方をしているだけです。
例えば、「嫌気性菌」といえば、微生物学の世界では大腸菌のような「通性嫌気性菌(空気がなくても生きていける)」とバクテロイデスのような「偏性嫌気性菌(空気があると死んでしまう)」の両者を指しています。でも、臨床屋の世界では普通、大腸菌を「嫌気性菌」扱いはしません。これはどちらが正しい、間違っている、という議論ではなく、そういう分類の方がそれぞれの領域で「便利」なのです。要は便利だったら良いんです、分類なんて。
同様に、「腸内細菌」というと、微生物学的には腸内細菌科に属するグラム陰性桿菌のことを指します。しかし、臨床屋は通常「腸内細菌」というと腸内に通常いるグラム陰性菌を指します。前者の定義ではサルモネラや赤痢菌も「腸内細菌」ですが、ぼくらは通常サルモネラを「腸内細菌」呼ばわりはしません。扱い方が違うからです。
まあ、そういうものだ、とここでは捉えておいてください。というわけで、SSIはここでは2分類です。
SSIの原因菌
SSIの原因菌は患者の皮膚についている常在菌が多いです。それは多くはグラム陽性菌になります。施設や患者(の基礎疾患など)や手術にもよりますが、もっとも多いのが黄色ブドウ球菌(S. aureus)、次いでコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)、腸球菌で、4番手くらいに緑膿菌、以下大腸菌、エンテロバクター、プロテウスとなっていきます。予防抗菌薬がグラム陽性菌を狙い撃ちにしている理由もそのためです。
浅部SSIの診断
浅部SSIの診断は比較的簡単です。通常術後3週間以内に起きる、創部の炎症所見から診断します。創が開いたり、膿が出てきたり、赤くなったり、痛みがあったり、、、、と診断します。外科の先生が「これはSSIだ」と思ったときはたいていSSIなので、「外科医の直観」そのものがSSIの診断基準にも入っています(ほんと)。
血液検査はやってもよいですが、たいてい予想された白血球上昇とCRP高値が認められるだけで、「だからなに」です。仮に白血球が上がっていなくても、診断が変わることもありません。多くのSSIでは血液検査で異常が認められませんから、「CRPが上がっていない」ことを根拠にSSIを否定してはいけません。CRPよりも「外科医の直観」を大事にすべきです。
培養検査では、皮膚や創部のスワブ培養を「出してはいけません」。皮膚のスワブでは表皮の常在菌が生えますが、これが感染症の原因菌とは限らないからです。「感染部位」の培養が可能なら、そこを培養します。すなわち、膿が出ていれば、その膿の部分だけを注射器で吸って培養に出すのです。もしなんなら、感染症屋に培養検査をやっといてもらう、というのも一手です。うちの感染症屋は主治医がオペ中のときとかは(もちろんその主治医の了解を受けて)ワークアップや治療開始を代替わりしたりしています。
深部SSIを合併していないか確認するのは、ケース・バイ・ケースで必要になります。そのときは造影CTなどを撮ります。
浅部SSIの治療
浅部SSIは他の皮膚軟部組織感染症(SSTI)と同じで、治療のアプローチは
程度問題
です。すなわち、軽度のものであれば軽く、重度のものであれば重く扱います。病変の大きさ、熱や血圧などのバイタルサイン、本人の訴え、、、、、SSIには軽いSSIと深刻なSSIがあります。
深刻なSSIならMRSAもカバーする
バンコマイシン1g 12時間おき
などで治療するでしょうし、ショックなどを伴っていたら少数派のグラム陰性菌もカバーします。
ゾシン 4.5g 6時間おき
とか
メロペネム 1g 8時間おき
を、「バンコに加えて」出します。
軽症なら、セファゾリン、ユナシン(アンピシリン・スルバクタム)など狭い抗菌薬からまず試してみることもできますし、あるいは経口のケフレックス(セファレキシン)を使ってもよいでしょう。
SSIの治療期間も「程度問題」です。浅部SSIの場合は、まあ見た目よくなり、患者さんの訴えが消失した時点で治療終了です。
CRPは下がることを確認してもよいですが、「陰性化」させる必要はありません。CRPは肝臓で作られる炎症マーカーですが、感染症が残っていてもまだその「名残り」が残っています。CRPが3とか4とかでくすぶっていても、抗菌薬はきっぱりオフにできます(例外ありですが)。CRPが1とか2をうろうろしていて、何ヶ月も抗菌薬を切れないつらい例をときどき見ます。
間違ってもやってはいけないのは(よく見ますが)
フロモックス
とか
メイアクト
といった3世代のセフェム(経口)を出してしまうことです。見当違いだったり、治療が失敗したり、CDIなどの副作用のリスクが増します。理由はすでに説明しました。ぼくらは「感染治療の失敗事例」はものすごくたくさん見ているのですが、これは本当に多い失敗のパターンです。絶対に止めましょう。
外科的な創の解放、ドレナージ、デブリドマンなどはいずれも重要ですが、ぼくが「釈迦に説法」をしてもしようがないので、ここではノーコメントです。
あと、VAC(vacuum assisted closure)とかTNP (topical negative pressure)とか、NPWT (negative pressure wound therapy)と呼ばれる、局所の陰圧をかける方法もありますが、その効果についてはエビデンスが十分ではなく、さらなるデータの蓄積が必要です(Pan A et al. Topical negative pressure to treat surgical site infections, with a focus on post-sternotomy infections: a systematic review and meta-analysis. Infection. 2013 Dec;41(6):1129–35)。.
深部SSIの診断
浅部SSIがあるときは、「深部SSIもあるかも」と考えます。Aの存在はBの非存在を証明しないからです。
浅部SSIがないときも、深部SSIはあるかもしれません。CT、特に造影CTが有用ですが、術後の炎症や血腫、水がたまっていることも多くて「よく分からない」ときもままあります。そういうときは、もう一度あけていただいて、診断(と洗浄などの治療)を行わざるを得ないときもあります。深部SSIの診断と治療は外科医である主治医の先生にお願いしっぱなしで、基本的には外科医主導の感染症だと思います。「これ深部SSIっぽい」とかの、外科医の先生の「直観」もぼくらは尊重することが多いです。
深部SSIは「どこの手術の?」が重要です。これは各科別の各論で後述しますが、いくつか例を挙げておきましょう。
例えば、心臓血管外科手術後の深部SSIでは、縦隔炎とか縦隔膿瘍という難治性の合併症を持っていたり、胸骨骨髄炎のように治療にとても時間がかかる合併症もあります。腹部外科の場合は、腸管の穿孔、リークなど、腹膜炎、腹腔内膿瘍を伴うことがままあり、複数菌の混合感染が多く、再手術を要する事例も多いです。
こういうふうに、深部SSIは科の属性が反映され、各論的に対応しなければならなくなります。整形外科の人工関節置換術後の感染のように「異物」が絡んでいる場合は、異物の抜去と長期の抗菌薬療法がしばしば必要になります。
こういう「各論的」な話は後述いたします。
参考文献
Anderson DJ. Surgical site infections. Infect Dis Clin North Am. 2011 Mar;25(1):135–53.
柚木靖弘、種本和雄. 心臓血管外科領域感染症. In. 周術期感染症テキスト 診断と治療社 2012
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