シリーズ 外科医のための感染症 6. 抗菌薬使用の大原則 基礎編 その2 その他の抗菌薬たち
キノロン系抗菌薬
キノロン系については
クラビット(レボフロキサシン)LVFX
だけ抑えておけばよいと思います。注射薬、点滴薬、ともにあります。日本には他にもいろいろなキノロン製剤が出ていますが、どれも五十歩百歩で、そのくせ臨床データや副作用情報は十分ではありません。感染症屋はこれに加えてシプロ(シプロフロキサシン)も併せ、微妙に使い分けていますが、注射薬の水負荷が大きくなる、血管痛があるなど決して使いやすい薬ではありません。ぶっちゃけ、シプロにできることはクラビットでもたいていできるので、この1剤だけでよいでしょう。
さて、注射薬のクラビットですが、外科領域の患者さんでは、エンピリックな治療薬としては普通用いません。感受性試験が返ってきて、あれやこれやのβラクタム薬が耐性で、、、あるいは副作用で使いにくくて、、、のときにクラビットの出番になります。
クラビット 500mg 1日1回
のように使います。なお、経口薬もまったく同様に使います。
キノロンは尿路感染(UTI)によく用いられます。あと、クラビットのようなキノロンは俗に「レスピラトリー・キノロン」と呼ばれ、呼吸器感染症にも使えます。
ただし!
日本ではキノロンの使い過ぎで、UTIの最大の原因大腸菌の耐性菌が増えています。例えば、神戸大学病院2013年前期のアンチバイオグラムによると、ESBL非産生大腸菌のクラビットに対する感受性は75.6%、ST合剤(バクタ)のそれは85.1%でした。ESBL産生菌だとさらに差はひろがります。バクタで57.0%あった感受性が、クラビットだと19.4%しかなかったのです。
というわけで、クラビットが尿路感染に使えるかどうかは、自分の病院の「ローカル・ファクター」を確認する必要があります。アンチバイオグラムのない病院は、細菌検査室に問い合わせるのがよいかもしれません。
あと、肺炎だと思っていたら、実は結核だった、、、のケースもよく見ます。キノロンは結核菌に効果があるので(でも数日のキノロンでは結核は治癒しないので)、診断の遅れや耐性菌の増加の原因となります。日本はまだまだ結核が多い国なので、「結核がない」ことを確認してキノロンを使いたいものです。「腰が痛い」という理由で尿路感染とされてキノロンが出されていたら、実は結核性脊椎炎(いわゆる脊椎カリエス)だった、、、という話もあります。「3点セット」で必ず確認するのが大事な理由はこんなところにもあります。
あと、キノロンは意外に副作用が多いことにも要注意です。めまいなどの中枢神経症状、QT延長に伴う不整脈、アキレス腱断裂など軟部組織障害がとくに有名です。他の薬との相互作用も多く、特に免疫抑制剤の使用時には注意が必要です。今はスマートフォンアプリで薬の相互作用は簡単にチェックできますから、キノロンを使う前は、必ずこれをチェックするのが医者としての「たしなみ」です(相互作用は数が多すぎて暗記はとてもできません)。ePocratesがおススメですが、他のアプリでもよいと思います(http://www.epocrates.com/)。
マクロライド系抗菌薬
はい、マクロライドで外科系の先生が知っておくべきは、
アジスロマイシン AZM
だけです。他のマクロライドは消化器症状などの副作用が多かったり、薬物相互作用が複雑だったり、臨床データが不十分だったりで、一般的な外科系の患者さんには必要ありません。
アジスロマイシンも経口薬と注射薬があります。産婦人科や泌尿器の先生には性感染症(STD)の治療薬としても知られていますね。アジスロマイシンはクラミジアやマイコプラズマといった「非定型菌」に効果があるのが特徴です。
それ以外で、外科の領域でことさらにアジスロマイシンを使うこともまれなので、説明はこれだけです。STDについては項を改めてご説明します。
MRSAに効く薬
これにはバンコマイシン、テイコプラニン、リネゾリド、ダプトマイシン、チゲサイクリン、アルベカシンなどいろいろあります。外科領域で最低知っておきたいのは、
バンコマイシン VCM
ザイボックス(リネゾリド)LZD
キュビシン(ダプトマイシン) DPM
の3つです。テイコプラニンは少々マニアックですし、テイコプラニンにできることはほとんどバンコマイシンでもできるので割愛です。チゲサイクリン、アルベカシンはよけいな菌を殺したり、副作用が問題だったり、臨床データがなかったり、「効かない」という臨床データがあったりして、少なくとも外科系の患者では必要ない薬です。
で、考え方としてはどれもMRSA感染に用います。外科系患者のアルゴリズムとしては、
基本、バンコマイシン
で行きます。ただし、腎機能が急速に悪化している場合(クレアチニンが高いだけなら、必ずしも禁忌ではありません)、重度の皮疹など副作用が強い場合(軽度の皮疹は「レッドマン症候群」といってゆっくり落とすだけで消失するものか、抗ヒスタミン剤などの投与でなんとかひっぱれます)、その他の理由でバンコマイシンが使えないときには、
キュビシン(ダプトマイシン)
で行きます。ただし、MRSA肺炎はキュビシンは使えないので(バンコは使えます)、
ザイボックス(リネゾリド)
を用います。こういう考え方で、だいたいよいと思います。
バンコマイシン 1g 12時間おき(腎機能正常な成人)
で、4回目の投与直前で血中濃度(トラフ値)を測ります。15~20μg/mLの間ならだいたい大丈夫です。ピーク値を測定する必要はありません。目標トラフ値は最近のガイドラインで変更されています(Liu C et al. Clinical Practice Guidelines by the Infectious Diseases Society of America for the Treatment of Methicillin-Resistant Staphylococcus Aureus Infections in Adults and Children. Clin Infect Dis. 2011 Jan 4;ciq146)。昔の値で覚えている先生は気をつけましょう。
キュビシン(ダプトマイシン) 6mg/kg を1日1回。
ザイボックス(リネゾリド)600mg 1日2回
なお、ザイボックスは経口薬があるのが特徴で、消化管からの吸収もよいので点滴薬に近い効果が期待できます。静菌性の抗菌薬であるザイボックスは心内膜炎などには推奨度が低く、バンコマイシンやキュビシンが優先されます。
副作用としては、バンコマイシンは前述のレッドマン症候群や腎不全が問題になります。ただし、バンコマイシン単独で腎不全を起こすことはまれで、NSAIDSやラシックスの使い過ぎ、輸液が足りないなど他の要素が加味されていることが多いです。キュビシンは副作用の少ない抗菌薬ですが、CK上昇、ミオパチー、ときに横紋筋融解症が起きることがあります。あと、肝障害や末梢ニューロパチーにも要注意です。ザイボックスはなんといっても血球減少がもっとも多い副作用で、とくに2週間以上投与していると起きやすくなります。
嫌気性菌に効く抗菌薬
腹腔内感染症など、外科領域では嫌気性菌カバーが必要な感染症が多いです。すでに述べたものでは、
アンピシリン・スルバクタム
ピペラシリン・タゾバクタム
アモキシシリン・クラブラン酸
セフメタゾール
メロペネム(などのカルバペネム)
が嫌気性菌をうまくカバーしてくれます。
そのほかに、
ダラシン(クリンダマイシン)CLDM
フラジール(メトロニダゾール)MNZ
が嫌気性菌によく効きます。ダラシンは「横隔膜より上の嫌気性菌」すなわち誤嚥性肺炎によく使います。フラジールは「横隔膜より下」すなわち腹部/骨盤部の感染症によく使います。
で、メトロニダゾールは注射薬がないのが問題でしたが、ようやく今年承認されました!よかった♡
https://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/48029/Default.aspx
アネメトロってなんかイケテナイ名前ですが、まあ、そんなことはどうでもよい。これで絶食患者の嫌気性菌カバーはとても容易になります。CDIも治療できますし、万々歳。
ダラシンはそのCDIのリスクが高くなるので、3世代セフェム、キノロン同様に注意が必要です。メトロニダゾールは末梢神経、中枢神経の様々な副作用の原因になります。とくに高齢者、中枢神経に基礎疾患のある患者では注意して使いましょう。
で、他にも抗菌薬はたくさんあります。アミノグリコシドとか、テトラサイクリン系とか、アズトレオナムとか、、、でも外科領域で使うことはあまりないです。昔はよく「ダブルカバー」とかいってアミノグリコシドをかましていましたが、今ではそういうのが必要なのは心内膜炎などごくわずかになりました。アミノグリコシドを併用する場合の心内膜炎は、感染症屋といっしょに治療するのが妥当だと思います。
繰り返しますが、ここでまとめたのは「必要最小限」なものだけです。これでは物足りない、という先生も多いと思いますから、そういう方は、
端正な文章がお好きな方は、
矢野晴美「絶対わかる抗菌薬はじめの一歩」羊土社 2010
端正な文章だと眠くなる方は、
岩田健太郎、宮入烈「抗菌薬の考え方、使い方ver.3」中外医学社 2012
をぜひどうぞ(しつこい)。
というわけで、抗菌薬基礎編はこれでおしまい。次回から、その「具体的な使い方」と「よくある失敗のパターン」を検討します。
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