シリーズ 外科医のための感染症 35. 呼吸器外科篇 呼吸器外科関連のピットフォール
まず、結核は必ず念頭においてください。ときどき、肺癌と思って切除した後、実は結核だった、、、という事例を経験します。そのときは検体を必ずホルマリンにぽちゃん、、ではなく、一部は生食に包んで培養に出しましょう。抗酸菌だけでなく、真菌も肺の結節影の原因になるので、一般培養、抗酸菌培養、新菌培養が必要です。
あと、わりと多いのはアクチノミセス症。これはゆっくり型の腫瘤性の炎症を起こす放線菌感染症で、肺癌、それから婦人科系の癌と間違えられています。病理で硫黄顆粒(sulfar granule)を見つければ診断可能です。ペニシリンの長期療法で治ります。
結核についてもう少しピットフォールを。いずれも実例のあるエラーです。
1. 画像で「old TB」というのは、活動性結核を否定しない。
石灰化を伴う「old TB」の所見があっても、結核の再感染や再活性はありえます。過去の結核は現在の結核を否定しません。臨床症状があれば、隔離、検査が必要です。
結核は再感染します。麻疹などと違い、一度なったら一生ならないという病気ではありません。「おれはツ反強陽性だからN95は要らないよ」という強者をときどき見ますが、まったくナンセンスですので、要注意です。
2. 気管支鏡はしばしば必要
どうも日本では気管支鏡が有効に使われないケースが目立ちます。もっともこれは呼吸器外科ではなく、呼吸器内科の問題ですが。3連痰が陰性の場合、結核菌の検出にも有用なことが多いですし、結核に似ているけど結核じゃない病気の診断(ウェゲナー肉芽腫症、サルコイドーシス、肺吸虫、他の抗酸菌、ノカルジアなどたくさんあります)にも有用です。
3. ツ反、QFT、T-spotは活動性結核の診断には有用ではない。
いずれも結核菌に対する人の免疫活動を検査しています。したがって、「現在の結核」と「過去の結核の既往」を区別することができません。また、細胞性免疫の低下した患者では検査の偽陰性も問題です。ていうか、細胞性免疫の低下した患者で結核は発症しやすいわけで、ツ反、QFT、Tーspotどれを選んでも、活動性結核の診断はできないのです。
これらの検査は、発症していない、「潜在性結核」の診断に有用です。とくに、医療従事者の曝露後フォローには有用です。陽性ならばINHを9ヶ月内服させます。その他のレジメンもありますが、それは感染症屋に相談すればよいでしょう。
今でも結核の既往がある患者で、ツ反やQFTがオーダーされているケースを目にします。上記の理由で全く意味がないですし、ツ反は過剰な炎症が起きてしまい、患者が苦しむ可能性すらあります。この手の失敗も何度か見たことがあります。絶対に止めましょう。
4. 結核を「疑った時点」で隔離する。
結核と診断されてから隔離してはいけません。結核を疑ったら隔離です。
結核は「うつる結核」と「うつらない結核」に区別されます。「うつる結核」とは肺結核、かつ塗抹陽性のことです。3連痰で塗抹が陰性だったら他人への感染性はないものと判断します(ただし、例外はあるので、分かりづらいときは感染症屋に相談するのが妥当です)。逆に、肺外結核だけなら他人への感染性はありませんから、隔離は不要です。3連痰は3日間かけて朝の喀痰をとるのが原則ですが、海外のデータでは1日に3回喀痰をとってもよい、というものもあります。この点についてはまだ未決着な問題だと岩田は考えます。
フィルター付きの気管内挿管をしている患者でも隔離は必要です。フィルターがあれば隔離は不要と勘違いしている医師はわりと多いですが、これも要注意です。
患者を診るときはN95マスクが必要です。着用訓練を必ず受けましょう。なお、手袋、エプロン、ガウンのたぐいは不要ですが、なぜか多くの病院ではこれもセットでついてきます。
5. 必ずHIVもチェックする。
結核患者を見たら、「なぜ結核になったのか」を考える必要があります。まあ、だれでも発症する可能性はありますが、危険因子は探します。とくにHIVの見落としは多いので要注意。
6. 外科的処置は必要ないことが多い。
結核は他の細菌性膿瘍と違い、ドレナージがなくても治ることが多いです。ドレナージチューブを入れてしまうと、創が閉じにくいのが結核の特徴ですから、膿胸や硬膜外膿瘍があっても、そのまま内服治療が原則です。もちろん、診断的な意味で穿刺が必要になることはありますが。
7. PCRは案外役に立たない。
胸水、髄液、腹水などの結核菌PCRの感度は低いです。喀痰ですら、塗抹陰性のときは低いです。PCRというとなんかすごい感度のよい検査という「印象」はありますが、事実ではありません。印象で診療しない、というのは大事な原則です(わりと多いです)。
ちなみに、喀痰PCRは感染性との関連がはっきりしませんから、塗抹陰性、PCR陽性の時に隔離が必要かどうかは、微妙なところだと岩田は考えます。
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。