シリーズ 外科医のための感染症 32. 肝胆膵外科篇 急性胆管炎と胆嚢炎
歯科感染症領域は、医学界のお見合い、ポテンヒット領域です。歯科の先生は感染症がさほど得意でないことが多く、感染症屋も歯科領域は不案内、、、みたいな感じ。
同様に、肝胆道領域も「お見合い、ポテンヒット」領域だったりします。
ウイルス性肝炎は肝臓専門家(Hepatologists)が担当することが多く、感染症屋はインターフェロンや最新のプロテアーゼ阻害薬などは使い慣れていないことが多いです。もちろん、肝生検なんてできやしません。
胆道系疾患も同様です。感染症屋はERCPもPTGBもできません。感染症屋にできるのはせいぜいうんちやおしっこや喀痰を染めて顕微鏡で見ることくらいです。
急性胆管炎や胆嚢炎は基本的に「手技」で治る病気です。胆管炎はERCPなどでつまりさえなおしてしまえば、まあどの抗菌薬を使っても治っちゃいます。胆嚢炎は急性期は胆嚢摘出術で、少し時間が経った場合はPTGBなどで時間を稼ぎ、抗菌薬を使って治すか、数週間後に胆嚢摘出術で治します。感染症屋がこれらの疾患に寄与することは、あんまりないんです。
初期研修医には、「胆嚢炎は外科医を呼ぶ病気、胆管炎は消化器内科医を呼ぶ病気」と教えています。また、「胆嚢炎は画像検査で診断し、胆管炎は血液検査で診断する」、とも教えています。もちろん、これはちょっと誇張が入っていますが、初期研修医に「原則」を教えるときは単純で明快なデフォルメが必要なのです。事実、胆嚢炎では肝胆道系の血液検査異常は軽微か、あるいはないことも多いです。しかし、胆管炎では胆道系酵素の異常が見受けられます。一方、胆管炎ではしばしば総胆管の拡張や石で詰まっている、、といった画像所見が見受けられません。「胆嚢炎は画像で、胆管炎は血液検査で診断」、というのは、まあそんなに検討はずれなコメントではありません。
ところで、胆管炎と言えばスルペラゾン(セフォペラゾン・スルバクタム)だと思っている先生がたは多いことと思います。確かに、セフォペラゾンは胆汁に濃縮されやすく、胆汁/血清比が4倍以上あります。もっとも、これはピペラシリンなどにも見受けられる現象で、スルペラゾンだけが胆汁移行性がよいわけではありません。また、アンピシリンやトリメトプリム、メトロニダゾールやクリンダマイシンも胆汁/血清比は1~4倍と良好です。こうした抗菌薬も十分に使うことができます。ちなみに、メロペネムなどのカルバペネムは胆汁移行性は悪く、胆汁/血清比は0.25程度です(Matsumoto T et al. Clinical effects of 2 days of treatment by fosfomycin calcium for acute uncomplicated cystitis in women. J Infect Chemother. 2011 Feb;17(1):80–6.)。あれ?スルペラゾンでも治らない場合は、必殺のメロペン、とお考えの先生は多いのではないでしょうか。胆汁移行性がどれほど重要なのか。案外そんなに臨床的には重要ではないのかもしれませんね。というか、多分大抵の場合、メロペンを使うくらいなら、ゾシン(ピペラシリン・タゾバクタム)を使った方が、薬理学的には理にかなっていると思います。
もっというと、スルペラゾンは移行性云々以前の大きな問題があります。あれは、1g12時間おきとかで出されることが多いのですが、そのうちセフォペラゾンは500mgしか入っていません。全部で1gしかない抗菌薬がたとえ高濃度で胆汁に移行しても、大量の抗菌薬にはとても追いつきません。
だから、神戸大学感染症内科の市中胆管炎の第一推奨薬はユナシン(アンピシリン・スルバクタム)です。胆汁移行性がよいアンピシリンを大量に投与するのです。すでに述べたように、アメリカでは耐性菌が多くてユナシン単剤では推奨されていませんが、日本、少なくとも神戸近辺ではこれで大丈夫です。みなさまの地域の感受性も、是非確認してみてください。
なお、肝機能が低下すると全ての抗菌薬の胆汁移行性は低下し、総胆管が完全に閉塞していると、(どれを選んでも)抗菌薬は全く胆汁に移行しなくなります。やはり、物理的に閉塞を解除してあげることが最重要、というわけです。
岩田の雑感では、胆管閉塞さえ解除してしまえば、胆管炎は抗菌薬が間違っていても8割は治ります。投与量が圧倒的に少ないスルペラゾンでも、胆汁移行性が悪いメロペンでも。逆に、閉塞が解除できない腫瘍性の胆管炎などではどんなにまっとうな抗菌薬を使ってもよくならないことが多いです。
じゃ、胆道感染では抗菌薬の使い方は適当でもよいってこと?という声も聞こえてきそうです。もちろん、そんなことはありません。確かに、8割の胆管炎はどんな抗菌薬でも、もしかしたら抗菌薬なしでも治ってしまうように思います。
しかしながら、逆にいえば2割の患者さんは、抗菌薬の適切な使用が決め手になるわけです。EBMにお詳しい方はご案内ですが、2割増しの治療効果ということはNNT(number needed to treat)は5というわけです。内科医的にはNNT=5のプラクティスとはとてもよいプラクティスです。
ERCPや胆摘が適切に行われれば、胆道感染は打率8割です。それはなかなかによい打率です。しかし、2割の取りこぼしを防ぐためには、やはり抗菌薬は妥当に用いるべきです。もちろん、血液培養や胆汁培養はきちんととり、de-escalationをしっかり行うのも大事です。胆道感染において検出菌だけをカバーすればよいのか、嫌気性菌カバーは残した方がよいのかについては十分なスタディーがありません。今後の課題だと思います。
文献
Dooley JS et al. Antibiotics in the treatment of biliary infection. Gut. 1984 Sep;25(9):988–98.
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