シリーズ 外科医のための感染症 31. 産婦人科篇 妊婦と抗菌薬、そして感染症
妊婦と抗菌薬
妊婦の抗菌薬使用は難しい問題で、リスクと利益のバランスになります。絶対に安全な抗菌薬もないですが、絶対にダメ、というものも難しい。例えば、珍しいアナプラズマ感染症はテトラサイクリン系以外に妥当な抗菌薬が存在しないため、子どもの歯が黄染することを覚悟で用いたりします。
とはいえ、こういうマニアックな話は例外に属し、一般的にはテトラサイクリン系とフルオロキノロン系は使用が回避されます。ST合剤は胎児への安全性が確立されておらず、FDA(米国食品医薬品管理局)のカテゴリーではDとされていますから、これも普通は使いません。前回述べたように、メトロニダゾールは妊婦への安全性が微妙とされていましたが、データが蓄積され、現在ではカテゴリーBです。逆にクロラムフェニコールはカテゴリーC(よく分からない)そうですが、グレーベイビー症候群のリスクを考えると、岩田はクロマイ腟錠を妊婦に出すのはよしといたほうがよいと思います。ペニシリン、セファロスポリン、カルバペネム、マクロライド、クリンダマイシンはおそらくは大丈夫と考えられます。
妊婦さんにも抗菌薬を提供した方がよいこともあります。例えば、無症候性細菌尿。一般には抗菌薬は不要ですが、妊婦の場合は有症候性の尿路感染を減らし、低出生体重児も減らすことが示唆されています。もっとも、データの質は不十分でもっとエビデンスが必要とされていますが。
Smaill FM, Vazquez JC. Antibiotics for asymptomatic bacteriuria in pregnancy. Cochrane Database of Systematic Reviews [Internet]. John Wiley & Sons, Ltd; 1996 [cited 2014 Jun 27]. Available from: http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/14651858.CD000490.pub2/abstract
ちなみに、授乳時の抗菌薬の安全性については、アメリカ国立医学図書館のLactMedがよくまとまっています。抗菌薬以外の薬も検索できます。
http://toxnet.nlm.nih.gov/cgi-bin/sis/htmlgen?LACT
リステリアとトキソプラズマ
妊婦はリステリア感染症(髄膜炎など)のリスクが高いので、生ハムや非加熱の乳製品は禁忌です。ネコの糞や生肉もトキソプラズマのリスクがあるためにだめ、です。基本的に妊娠中は生ものは全部止めておいた方がよいというのが岩田の意見です。ネット上では「加熱をしない牛乳」とか販売しているようですが、「自然な営みのまま胃で凝固しゆっくり消化吸収するため、妊婦さん・授乳中のお母様・乳幼児・成長期のお子様に、是非お勧めです」と書いてあってのけぞってしまったことがあります。「自然の営み」が安全性を担保しないのは、病原体も「自然」であることから自明です。この手の安直なネット情報はとても多く、多くのおかあさんがだまさているものと思います。いや、情報を提供している方も「だましている」つもりはなく、純粋に「自然なものは身体に良い」という信念と、科学的な思考が欠如しているための思い込みなのでしょう。悪意よりも、善意から来る思い込みの方が説得は困難ですけど。成長期のお子さんが飲むのはよいとして、妊婦さんは絶対に飲んではいけません。岩田はこの牛乳飲みまして、とても美味しかったです。
B群溶連菌
B群溶連菌(GBS)の検査が妊娠33~37週で推奨されます。これも新生児敗血症や髄膜炎の原因です。岩田が研修医のときは、ときどきGBSの新生児の敗血症や髄膜炎を見ましたが、最近はほとんど経験しなくなりました。よかった、よかった。
GBS陽性の場合は、「そのとき除菌するのではなく」、陣痛が始まってからアンピシリン2gを4時間おきに点滴します。
性器ヘルペス
性器ヘルペスがある場合は、帝王切開が推奨されます。性器以外の場所であれば、帝切は必須ではありません。
その他
母親にHIV感染がある場合などは、ちょっと専門性が高いので感染症屋と相談した方がよいでしょう。
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