シリーズ 外科医のための感染症 30. 産婦人科篇産婦人科、術後感染症大原則
産婦人科領域の術後感染症の特徴はpolymicrobial、、、すなわちグラム陽性菌、グラム陰性菌、嫌気性菌などの混合感染であることです。大腸菌、腸球菌、バクテロイデスなどが関与します。
子宮内膜炎(endometritis)
帝王切開その他の手術の後、子宮内膜に感染を起こすものです。子宮周囲の結合組織や子宮そのもの(筋肉)に感染が波及することもあります。原因微生物は生殖器にいる複数菌種の混合感染(嫌気性菌含む)です。30%はマイコプラズマが関与します。もっとも、マイコプラズマやウレアプラズマのような細胞内寄生菌はよく検出されますが、それらをカバーしなくても、子宮内膜炎はよくなってしまうことが多いです。術後の子宮内膜炎に関して言うと、性感染症の原因(淋菌やクラミジアなど)は関与していないことが多いです。ただし、細菌性膣症(Bacterial vaginosis)があると、子宮内膜炎のリスクは非常に高くなります。B群連鎖球菌(GBS)の存在もリスクを上げます。
帝王切開時の抗菌薬予防はセファゾリンが推奨されます(予防の項、参照)。2gを術直前に1回投与。これで術後感染が3分の1に減ると言われています。とくに早期破水を伴う帝王切開では予防的抗菌薬は有効と言われています。新生児に抗菌薬曝露をしないよう、臍帯クランプをしてから抗菌薬投与が標準的ですが、皮膚切開の前に抗菌薬投与した方がSSIおよび子宮内膜炎は減るという研究もあります(Owens SM et al. Antimicrobial prophylaxis for cesarean delivery before skin incision. Obstet Gynecol. 2009:114:573-9)。新生児に対する抗菌薬曝露がもたらす影響については代謝異常をもたらすといった動物実験がありますが、これをどう扱うかについては決着がついていません(Cho I et al. Antibiotics in early life alter the murine colonic microbiome and adiposity. Nature. 2012;488:621-6)。
診断はわりとストレートフォワードで、術後の熱、下腹部痛があれば疑い、産婦人科の先生に内診をしていただき、画像などで診断確定します。Group A 連鎖球菌(GAS)による産褥熱も鑑別にあがります。産褥熱は近年では珍しくなりましたが、それでもときどき見ます。黄色ブドウ球菌やGASの感染は、toxic shock syndrome(TSS)を合併することもあります。これはスーパー抗原による免疫学的な異常で、敗血症とは異なるタイプのショックをもたらします。Clostridium sordelliiが原因になることもあります。
子宮内膜培養は常在菌との区別が難しく、ルーチンではとられない、との教科書的な記載がありますが、グラム染色と併用すればある程度は有用とも思います。血液培養は1割くらいで陽性になります。淋菌、クラミジアの検査は、もしされていなければします(未受診出産とかでスクリーニングされていないとき)。
治療の第一選択は、アメリカではクリンダマイシンとゲンタマイシンの併用ですが、ぼくらはアンピシリン・スルバクタム(ユナシン、スルバシリン)を使うことが多いです。治療効果は同じと考えられ、産科の先生にはより使いやすいと思います。セフメタゾールも選択肢になるでしょう。
ユナシン 1.5~3g 6時間おき
あるいは
セフメタゾール 2g8時間おき
治療期間はだいたい、解熱後24時間経つまでです。
授乳している場合はメトロニダゾール(フラジール)は(可能なら)避けた方がよいと考える先生もおいでです。ただし、細菌性膣症を伴っている場合はこれが治療の第一選択薬になります。メトロニダゾールはメタ分析では(第一三半期でも)安全だったとされます(Caro-Paton T et al. Is metronidazole teratogenic? A meta-analysis. Br. J Clin Pharmacol. 1997;44:179)。日本の診療現場ではフラジール、妊婦によく使われているみたいですね。どうしても回避したい場合は、クリンダマイシンを細菌性膣症に使うことも可能です。
基本的に、産婦人科領域の感染症では他科に比べると耐性菌による感染は少ないので、わりと狭めの抗菌薬で上手くいくことが多いです。培養に応じて抗菌薬を広げることもありますが、これはあくまで治療が上手くいかなかった場合に限ります。臨床的によくなっている場合、耐性菌が検出されても、通常は「無視」です。
SSI
他領域のSSIと基本、変わりません。
化膿性骨盤内血栓性静脈炎(septic pelvic thrombophlebitis, SPT)
卵巣(OVT, ovarian vein thrombophlebitis)やその他骨盤内(DSPT, septic pelvic thrombophlebitis)に感染性の血栓性静脈炎を作ることがあります。OVTは患者に重症感が認められ、片側の下腹部に圧痛があることが多いです。DSPTは逆に患者に重症感がなく、腹部に圧痛も触知されません。画像や血液検査は行いますが、基本的には除外診断です。抗菌薬を使って48時間経っても熱が下がらない、でも臨床的には割と元気、、、なときにこれを疑います。
OVTに対しては、超音波よりもCTやMRIのほうが感度が高いと言われます。DSPTに対してはCTがよいとされますが、感度が落ちるので陰性検査でも除外は困難です。静脈壁の高密度や内腔の密度低下などから診断されます(ぼくは骨盤内の読影には自信がないので、放射線科の先生に読影してもらいます)。ただし、無症状の人でも血栓形成は見つかってしまうこともあるそうで、偽陽性にも要注意です。
治療は抗菌薬及び抗凝固療法ですが、治療期間や抗菌薬の種類については定見がありません。抗菌薬は1週間?抗凝固療法は最低6週間?ってはてなマークつきの頼りない言及です。抗凝固療法なしでもいいんじゃない、という小さな研究もあります(Brown CE et al. Puerperal septic pelvic thrombophlebitis: incidence and response to heparin therapy. Am J Obstet Gynecol. 1999;181:143)。
解熱しないとき
膿瘍形成や血腫の吸収熱、血腫感染、骨盤内血栓形成、薬剤熱などを疑います。壊死組織のデブリや膿瘍のドレナージが必要になることもあり、婦人科的診察や画像診断が重要です。基本的には、感染症屋コンサルトが望ましいと思います。「抗菌薬をとりあえず替える」はやらないほうがよいです。
人工妊娠中絶時の抗菌薬
ドキシサイクリン100mgを中絶1時間前に、200mgを術後に(計300mg)が推奨されています。メタ分析によると抗菌薬は術後感染症を有意に減らしてくれるそうです(Sawaya GF et al. Antibiotics at the time of induced abortion: the case for universal prophylaxis based on a meta-analysis. Obstet Gynecol. 1996; 87:884-90)。ただ、ぼくはこの手の相談を受けたことはないので、実経験はありません。
文献
Chen KT. Postpartum endometritis. Uptodate. last updated Jul 17, 2013.
Chen KT. Septic pelvic thrombophlebitis. Uptodate. last updated Aug 15, 2013.
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