シリーズ 外科医のための感染症 コラム 経口3世代セフェムはなぜいけないのか
岩田は光文社から「99.9%が誤用の抗生物質」という新書を出しています。この「99.9%」というのは大げさじゃないか、という意見もあるようですが、決してそんなことはありません。では、どの抗菌薬が99.9%誤用かというと、それは経口3世代セフェムです。
世界で1番売り上げの高いセフェムはロセフィン(R)(セフトリアキソン)です。点滴薬ですね。第2位、第3位はそれぞれフロモックス(R)(セフカペン・ピボキシル)、メイアクト(R)(セフジトレン・ピボキシル)です(Visiongain. Antibacterial Drugs: World Market Prospects 2012-2022)。フロモックスはセファロスポリンのマーケット全体(点滴薬含む)の2.4% (年商2億5000万ドル)、メイアクトは1.9%(年商2億ドル)を占めているそうです。
フロモックスとメイアクトは「世界で」一番売れている経口セフェムですが、両者のマーケットの大部分を占めているのは日本です。つまり、商品名としてのフロモックス、メイアクトは経口セフェムの売り上げ世界第1位と第2位で、かつそれらはほとんど日本で消費されているのです。
問題は、なぜか、ということです。
歯科においてセフェム系の使用は多いです。セフカペン・ピボキシル(フロモックス)がもっとも多いです(影向 範昭ら: 歯科における抗菌薬の使用傾向 私立歯科大学附属17病院における使用実態調査. 歯科薬物療法, 27(1): 36-44, 2008.)。
問題は、なぜそうなのか、です。
なぜ、世界で日本でだけ独占的にフロモックスなど経口3世代セフェム大量に使用されているのでしょう。世界各国には存在しない、日本にしかない土着の感染症があり、これらの抗菌薬が必要とされる日本の特殊な事情があるのでしょうか。日本人が特別な遺伝子かなにかを持っていて、フロモックスを飲み続けないといけない不可思議な欠乏症にかかっているのでしょうか。あるいは、日本の医療だけが独占的に優秀で、世界各国では日本人が苦しんでいない感染症で困難に陥っているのでしょうか。
こういう「日本人特殊論」は我々が飛びつきやすい、よくある安直な議論ですが、ここでは当てはまらないように思います。
一番理にかなった説明は、フロモックスとかメイアクトといった3世代セフェムは、実は感染症診療には必要ないのではないか、というものです。
必要ない、ということは日本で大量に消費されているフロモックスやメイアクトなどの3世代セフェムのの使用方法が間違っている、ということです。なくてもよいのだから、100%間違っているといってもよいのですが、臨床現場には常に「例外」というのは存在しますから、少し割り引いて99.9%です。
3世代セフェムは消化管からの吸収が悪く、口腔内の菌にもフィットしません(グラム陰性菌カバーし過ぎです)。むしろ、セファレキシン(ケフレックス)のような第1世代セフェムの方が適切です。でも、ケフレックスは「売れていない」「使われていない」という理由で処方されません。出されないから、さらに出されなくなる、という皮肉は、感染症診療以外の領域でもよく見られます。不思議な話です。
でも、薬の選択基準は「その薬がどういう薬か」という薬理学的特性だけで決定すべきです。その薬の売り上げとか値段が処方基準になるなんて、サイエンスとしての医科、そして歯科において許容されてはなりません。それが患者の利益に反しているのなら、なおさらです。
風邪に抗菌薬が不要なように、歯科領域においても抗菌薬はほぼ不要です。不要なものを出してもそこに明らかな問題を見いだすことはできません。大抵の場合、何も起きないのですから。たとえ抗菌薬のために副作用が起きても、病院に行って「医者」に診てもらうでしょうし。経験論的には、歯科でフロモックスやメイアクトを出しても、痛くも痒くもないのです。歯科医の方は。痛みを感じうるのは、患者だけです。
歯科医の先生たちは、経験論ではなく、知性を抗菌薬選択と決定の基準にすべきです。そうすれば、現在処方されている抗菌薬の99.9%は無意味、ということがすぐに分かるはずです。
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