シリーズ 外科医のための感染症 29. 歯科篇 予防的抗菌薬は誰に、何のために?何を?
歯科を受診すると、よく抗菌薬が処方されます。フロモックス、セフゾンあたりが多いようです。しかし、歯科の先生に「なんのために抗菌薬を出しているんですか」と問うと、ほとんど答えが返ってきません。
「さあ」
「前からこうでした」
「みんなやってます」
という感じです。
では、抗菌薬は何のためにあるのでしょうか。
口の中には好気性、嫌気性の連鎖球菌やスピロヘータなど、様々な菌が存在します。これは自然なことで、消化管などと同様「当たり前」なことです。口腔内に菌がいることは悪いことではありません。それに、これを抗菌薬で無菌状態にすることも不可能です。
したがって、口腔内の歯科的処置のとき、「口腔内の感染症」を予防するために抗菌薬を処方するのは無意味です。抗菌薬は口腔内を無菌状態にしませんから。もちろん、抗菌薬を出さないことは、口腔内感染症が起きない、という保証の存在を意味しません。そうではなく、「抗菌薬を出したからといってリスクはヘッジできない」という意味なのです。
人間には唾液があり、これが口腔内をかなり清潔に保っています。歯科処置後の合併症としての口腔内感染症はかなりまれな事象です。いずれにしても、口腔内の菌の多くはグラム陽性菌か嫌気性菌で、グラム陰性菌に強いフロモックスやセフゾンを処方するのはナンセンスです。
しかし、抗菌薬の使用が正当化されることがあります。それは、「口腔内感染の予防」が目的ではなく、菌血症の合併症としての感染性心内膜炎の予防のためです。
しかししかし、予防的抗菌薬を必要とする人は非常に少ないです。心内膜炎をみんなが起こさないからではありません。割に合わないからです。
実は、歯磨きをしているときも、ある一定の割合で口腔内からの菌血症が起きています。10%くらいの割合で、数分間の菌血症が起きています。それは臨床的には「意味がない」菌血症です。これを毎日1日3回やっているんです。
抜歯をしたときの一過性の菌血症の可能性は50%くらいあります。しかし、それは5回の歯磨きで「ちゃら」になってしまいます。なので、このような菌血症に神経質にいちいち抗菌薬を出していても、そのリスク全体は1年365日、1日3回の歯磨きでまったく相殺されてしまうのです(Lockhart PB et al. Bacteremia Associated with Tooth Brushing and Dental Extraction. Circulation. 2008 Jun 17;117(24):3118–25)。
というわけで、予防的抗菌薬はごくごく限定的な、IEのリスクがとても高い人だけを対象に行われます。それは、
心臓人工弁や人工物
IEの既往
先天性心疾患で治癒していないチアノーゼがある、あるいは治癒しているが人工物を用いて治療6ヶ月未満、あるいは人工物の周囲に欠損が残存。
弁膜疾患を伴う心移植患者
(Wilson W et al. Circulation. 2007; 116: 1736-1754より)
というわけで、ほとんどのひとは予防的抗菌薬は必要ないってことになります。逆に、IEの既往がある場合は抜歯など観血的な処置のときは必ず予防的抗菌薬が必要です。忘れないよう。
さて、予防的抗菌薬ですが、フロモックスやセフゾンを出してはいけません。術後に出してもダメです。口腔内のIEの原因菌である連鎖球菌を「術中に」血液に出さないようにするのが目的だからです。そこで、
サワシリン 2g経口を1回だけ
を、術30~60分前に投与します。ペニシリンアレルギーなどが問題であれば、ダラシン(クリンダマイシン)やセファゾリンなどを用います。
まとめ
抗菌薬使用には必ず目的が大事です。習慣的に、あるいは無目的に抗菌薬を出してはいけません。歯科診療時の予防的抗菌薬は
IEを予防するために、
IEのリスクがとても高い人を対象に
IEの原因である連鎖球菌を殺すために
歯科処置の術中に濃度が最高になるようなタイミングで
投与します。術後は一過性の菌血症は収まっていますから、抗菌薬投与は無意味です。
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