シリーズ 外科医のための感染症 27. 耳鼻咽喉科篇 意外に難しい咳と鼻水
咳と鼻水、、、、非常にコモンなプレゼンテーションで、プライマリケアでも耳鼻科診療でもしょっちゅうみる状況です。
しかし、岩田が気になっているのは「案外」耳鼻科領域でこの両者に「適切な抗菌薬」が使われていない、という点です。
というか、ほとんどのケースでは抗菌薬は必要ありません。
急性の上記道症状の場合、それは感染症であればウイルス感染がほとんどで抗菌薬は要りません(まれに細菌感染が起きたり、細菌が「関与」することはありますが、いずれにしても抗菌薬は不要です。理由は前回、既に述べた通り)。アレルギー性鼻炎などではもちろん抗菌薬は不要です。
急性の咳の場合、上気道感染、鼻炎による後鼻漏、あるいは急性気管支炎などいろいろなパターンが考えられますが、そのどれにおいても抗菌薬は不要です。
もちろん、肺炎の場合、あるいは急性百日咳の場合は抗菌薬の適応になりますが、一般診療の外来においてはこれらは少数派に属します。よって、「ルーチンで抗菌薬」はありえない。
慢性咳嗽、慢性鼻汁の場合はさらに話がやっかいです。
「慢性鼻汁」の場合、慢性副鼻腔炎の合併が考えられ、この問題はとても複雑になります。慢性副鼻腔炎の病因がいろいろで、複雑だからです。この場合、通常は数週間の抗菌薬治療を正当化しますが、アレルギー性疾患や真菌感染の可能性もあり、なかなか話は簡単ではありません。
一方、「慢性咳嗽」の場合は、「そういう意味では」とてもシンプルです。なぜなら、抗菌薬で治る病気はほとんど皆無だからです。
慢性咳嗽の原因とはどういうものでしょうか。
慢性咳嗽の原因(主なもの)
・後鼻漏
・胃食道逆流
・咳喘息
・ACE阻害薬の使用
・結核
・百日咳
・空気の乾燥
・喫煙
・感染症後の咳
・COPD
・肺がん
・異物
・心理的な原因による咳
岩田健太郎、豊浦麻記子「感染症外来の帰還」(医学書院)より
はい、というわけで、抗菌薬で治せる病気は一つもありません。百日咳はマクロライドだろ、という意見もあるかと思いますが、百日咳菌に効果があるのは発症2週間以内、感染性も発症3週後にはほぼ失われます。治療的にも、予防の意味でも、「慢性の咳」の原因としての百日咳には意味がありません。
したがって、「慢性の咳」の場合、抗菌薬で治せる病気はほとんどないのです。
しかしながら、とても残念なことに、岩田の外来には「抗菌薬を耳鼻科で出されたけどよくならない」咳嗽患者がしばしば受診してきます。抗菌薬を中止し、原因を検索し、その原因を治療しています。しかも、あちこちであの抗菌薬、この抗菌薬、と取っ替え引っ替えされていることが多いです。
とくにニューキノロンは問題です。結核の問題があるからです。抗結核作用のあるキノロンは、結核の診断を遅らせたり、感受性試験を無効にしたり、あるいはキノロン耐性結核のリスクになります。
マクロライドも問題です。非結核性抗酸菌感染ではマクロライドがしばしば活性があり、しかしマクロライド単剤では治癒に至らないケースが多いからです。この場合、マクロライド耐性を惹起しておしまい、という悲劇が生じます。
咳嗽にしろ、鼻汁にしろ、やはり大事なのは「なぜ」という質問です。医者は答えを出すのは得意ですが、質問をするのは案外苦手です。生まれてこの方、「質問に答える」訓練はこれでもか、というくらいされていすが、「質問する」訓練はほとんど皆無だからです。したがって、咳や咳嗽に対しても簡単に直線的に答えを出そうとしてしまいます。それが「抗菌薬」です。
前医で抗菌薬が無効だったとき、すぐに「別の抗菌薬」という拙速な回答を与えてしまうのは、「質問に答える」訓練を徹底的になされた医者にありがちな誤謬です。大事なのは、「なんで前医の抗菌薬は効かなかったんだろう」と「質問をする」ことなのですが。
「なぜ、せきが出るのか」「なぜ、鼻水が出るのか」。そこを真摯に考え、疑問に思い、そして患者の身体に、患者の言葉に質問をすれば、答えは「抗菌薬」にはないのです、大抵の場合。
まとめ
・急性の咳、鼻水で抗菌薬が必要な事例は少ない。肺炎とか百日咳など少数派。ルーチンで抗菌薬は「ありえない」
・慢性の鼻汁では、副鼻腔炎のみ抗菌薬は検討。
・慢性咳嗽では抗菌薬はほとんど要らない。
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