シリーズ 外科医のための感染症 3 術後感染症予防の大原則 術中抗菌薬とSSI予防
予防は治療に勝る、とよく言われますが、感染症も予防で「治療しなくても良い状態」に持っていくのが理想です。
術前の手指消毒や患者の剃毛などについては、みなさまもう「ご案内」だと思います。栄養管理や血糖コントロールも異論続出ですが、ここでは割愛です。まずは「予防的抗菌薬」について。
予防的抗菌薬の「目的」
なんでもそうですが、「目的」を明確にすることは大切です。術中予防抗菌薬の目的は、
SSIの予防
につきます。SSI(surgical site infection, 創部感染)だけが、抗菌薬の予防目標であり、肺炎や尿路感染やカテ感染は「抗菌薬では予防できない」のです。残念なことに。
で、メスを入れる部分の抗菌薬濃度を最大にして、(縫合して手術が終わるまで)ここに菌が入らないようにすると、SSIが減るのです。
以前は「術前日から」抗菌薬を病棟で入れていましたが、これをすると「その抗菌薬で殺せない耐性菌」が皮膚で増えて、むしろSSIが増えてしまうことが分かりました(Classen DC et.al. The timing ofadministration of antibiotics and the rsik of surgical wound infection. NEJM 1992;326(5):281-286)。というわけで、現在では手術室内で「術直前に」抗菌薬を開始することが推奨されています。ただし、バンコマイシンの場合は血中濃度を上げるために、執刀2時間前に「ゆっくり」落とすのが大事です(キノロンもそうですが、術中抗菌薬にこれを選ぶことはかなりまれです)。
ターニケットを使用する場合は、もう少し前に落とした方がよいという意見と、ターニケットを巻いてから落とした方がよいという意見が混在し、エビデンスもバラバラです。
手術時間が3時間以上の場合、大量出血のある場合はセファゾリンは追加投与します。心臓手術ではセファゾリンの4時間後の追加投与でSSIが16%から7.7%に減ったというデータがあります(Zanetti G et al. Intraoperative redosing of cefazolin and risk for surgical site infection in cardiac surgery. Emerging Infect Dis. 2001 Oct;7(5):828–31)。
帝王切開のときは、臍帯クランプの直後に抗菌薬を単回投与するとよいと言われています。
というわけで、基本的には
セファゾリン CEZ 1~2gを3~4時間おき、執刀30~60分前から手術終了まで
バンコマイシン VCM 1gを30分から1時間かけて術前2時間前に点滴投与 ただし、MRSA感染を疑う場合や患者に強いβラクタムアレルギーがある場合のみ。
消化器手術などの準清潔手術では、腸管内グラム陰性菌や嫌気性菌をカバーするため、セフメタゾールなどがおススメです。
セフメタゾール CMZ 1~2gを3~4時間おき、執刀30~60分前から手術終了まで
アンピシリン・スルバクタムでもよいと思います。フルマリン(フロモキセフ)のようなオキサセフェムもスペクトラム的にはほとんどセフメタゾールと同等なので、理論的には使用可能だと思いますが、セフメタゾールよりもお値段が高いのが欠点です。臨床医学的、薬理学的にセフメタゾールを上回る効果はそんなにないので(マニアックなネタはありますが)、ぼくは使っていません。
興味のある方は京都大学院生で感染症が専門の山本舜悟先生のブログをご参照ください(http://blog.livedoor.jp/kmcid929/archives/1756603.html)。
ときどき、ピペラシリンが推奨されている文献を日本では散見しますが、黄色ブドウ球菌に効果が十分でないのと、狙っていない緑膿菌に「効果を有してしまっている」ためにお勧めできません。ピペラシリンを支持するエビデンスも乏しいです。
MBP(mechanical bowel preparation)や非吸収抗菌薬などのSDD(selective digestive decontamination)については賛否両論でデータも様々なので、ぼくとしては「ノーコメント」です。特に推奨もしなければ、否定もしません。
経口セフェムでお茶を濁さない
ただ、「術後の」経口抗菌薬は止めておいた方がよいです。
術後にフロモックス(セフカペン・ピボキシル)などの経口セフェムを3〜7日くらい投与するプラクティスをときどき見ます。ぼくの経験では、整形外科の先生に多いです。
「いや、先生、エビデンスないのは分かってるんだ。でも、この患者さんには絶対感染症起こしたくないわけ。整形では感染症の治療って大変なの。骨とか関節とか、とても治しにくいわけ。これって感情的な問題なのよ。分かって?」
はい、その感情はよく理解できます。整形外科系の術後感染症はほんっとうに厄介ですから。
でもですね。だったら、「なおのこと」経口セフェムは止めなければなりません。3世代経口セフェムは腸管からほとんど吸収されないのです。つまり、術後の創部に到達する抗菌薬はごくわずかで、それが感染症を予防してくれるとはとても期待できません。おまけに、セフェムはCDI(偽膜性腸炎)のリスクが大きいのです(抗菌薬関連下痢症の項参照)。ESBL産生菌やAmpC過剰産生菌のリスク(後述)も考えると、かえって患者さんが術後に苦しむ可能性が高いんです。
患者のことを考えるからこそ、「経口セフェムは使わない」が正解なのです。
日本におけるエビデンス
まあしかし、そうはいっても術後抗菌薬使っちゃってる、、、という事例はアメリカでもよく見ました。前にも書きましたが、アメリカでは感染症屋がみんな内科医か小児科医なので外科とのコミュニケーションはイマイチなところがあります。何年か前のアメリカ感染症学会(IDSA)総会の特別講演で「なんで外科医は言うこと聞いてくれないの?」とぼやいている人がいました。「言うことをきかせる」という発想の時点で、もうだめなのだとぼくなんかは思いますが。
日本でもそうかもしれませんが、アメリカでも感染症屋は「下っ端」なんです。下に見られているわけで、外科の先生が「言うことをきかない」のは当たり前だとぼくは思います。
これは日本ではそうではありませんが、アメリカでは能力査定と給料は見事にシンクロします。能力が高い(と見なされる人)は多くの給料をもらうのです。Paul Saxのブログによると、2013年の整形外科医の年収は41万3千ドル、泌尿器科医が34万8千ドル、形成外科医が30万8千ドル、一般外科医が29万5千ドル、産婦人科医は24万3千ドル、、、、で感染症屋は17万4千ドルです。救急医よりも、一般内科医よりも、小児科医よりも、家庭医よりも低いんです(それでもぼくら日本の感染症屋よりはずっと高給取りですが http://blogs.jwatch.org/hiv-id-observations/index.php/why-idhiv-specialists-rank-last-in-md-salaries/2014/04/27/)。
医者を家に例えるなら、心臓外科医や脳外科医は玄関とか客間、家庭医や小児科医は台所とか寝室だと思います。で、感染症屋はトイレ。常に汚物とつきっきりの悲しい職業なのです。
もちろん、ぼくはこの仕事に誇りを持ってやってます。トイレが汚かったり、機能していない家くらい悲惨なものはありませんからね。でも、あくまでも、あくまで黒子であることには変わりありません。太夫や三味線弾きのような「日向にいる人」ではないんです。
閑話休題
さてと、術後抗菌薬の話でした。術後すぐに抗菌薬を止めるのか、24時間使うのか、それとも3日ばかりにするのか、まだこのへんは異論のあるところです。しかし、日本からも、ポツポツ「エビデンス」が集まりつつあります。
例えば、肝切除術後のフロモキセフの投与3日間。非抗菌薬群とSSIの発生率には差が出ませんでした(Hirokawa F et al. Evaluation of postoperative antibiotic prophylaxis after liver resection: a randomized controlled trial. Am J Surg. 2013 Jul;206(1):8–15)。胃がん術後のセファゾリン投与の比較試験でも、術後抗菌薬はSSI予防に寄与しませんでした(Haga N et al. A prospective randomized study to assess the optimal duration of intravenous antimicrobial prophylaxis in elective gastric cancer surgery. Int Surg. 2012 Jun;97(2):169–76)。
今後も日本から質の高い前向き試験が出て、あるべき予防抗菌薬のあり方が模索されていくことでしょう。
しかし、現段階では「手元にあるデータ」を最大活用するしかありません。以下については、あまり異論のないところでしょう。
・少なくとも術後も点滴抗菌薬を用いるべき。経口薬は百害あって一利なし。
・術後3日以上は長過ぎ。24時間以内か否かは、議論の分かれるところ(もうすぐCDCから新しいガイドラインがでるので、たぶん、大いに議論になると思います)
という感じだと思います。
まとめ
・予防は治療に勝る
・術中抗菌薬はSSI予防のため。セファゾリンやバンコマイシン、セフメタゾールを活用する。
・術直前に始める
・術後経口抗菌薬は御法度
文献
阿部泰尚、岩田健太郎 外科感染症領域の診療ガイドラインを検証する】 日米の手術部位感染ガイドラインの比較・検討 日本外科感染症学会雑誌(1349-5755)7巻6号 Page655-666(2010.12)
楠正人、小林美奈子 予防抗菌薬1適応、薬剤選択 In. 周術期感染症テキスト 診断と治療社 2012
針原康 予防抗菌薬2投与法、投与期間 In. 周術期感染症テキスト 診断と治療社 2012
岡秀昭(監訳) すべてのICTのために 感染予防、そしてコントロールのマニュアル メディカルサイエンス・インターナショナル 2013
Anderson DJ. Surgical Site Infections. Infect Dis Clin N Am. 25(2011) 135-153
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