シリーズ 外科医のための感染症 2 術後感染症診断は意外に簡単。診断の大原則
術後の発熱は難しくない!
術後の発熱ってイヤですね。せっかく手術がうまくいったのに、夜中に発熱で呼び出されるなんてアアイヤだ!それに、術後の患者さんって動けない、しゃべれない人も多く、ワークアップも難しそうだ。
確かに、術後の発熱患者のマネジメントは「しんどい」です。それは事実。けれど、決して「難しく」はありません。なぜかというと、術後患者の発熱って、パターンが決まっているからです。
ぼくらは発熱患者をよく見ますが、どっちかというと、外来患者の発熱のほうが難しいんですよ。こないだ、セネガルから帰国したという研究者が発熱を主訴に外来にやってきました。こういうのは難しいです。鑑別疾患が山のようにありますから。マラリア?腸チフス?リケッチア感染症?うーん、どれだろう(結局、この患者さんはインフルエンザでした。人生そんなもんです)。
一方、入院患者が術後発熱して、実はマラリアでした、なんてことはありえません。実の所、術後発熱の原因なんて数えるほどしかないのです。だから、苦手意識を持たず、一つ一つの原因を丁寧に吟味していくのが大事なのですね。
まずは感染症・非感染症に分けて考える
ものごとの分類は、まず大きくバッサリ分けてから細かく見るのが肝腎です。「肺炎かな」「カテ感染かな」と病名を五月雨式に「思いつく」方法を初期研修医はよくやりますが、これだと見逃しのリスクが高くなります。
おすすめなのは、大きく2つのグループに分けて、それから各論に入っていく方法です。 まずは感染症と感染症でないもの=非感染症に分けて考えましょう。けっこう感染症以外でも熱が出るものです。
感染症でない術後発熱の原因(よくあるもの)
・薬剤熱
・血栓・塞栓症
・急性呼吸促迫症候群(ARDS)
・痛風、偽痛風発作などの結晶性関節炎
・術後発熱の遷延(特に脳外科領域の手術では遷延しやすい)
こういうのが、ぼくらが術後発熱患者の相談を受けたときによく遭遇するパターンです。こういう鑑別も無視してはいけません。「とりあえず抗生物質」というワンパターンに陥らないのが大事です。
薬剤熱(drug fever)は多いです。どんな薬も薬剤熱の原因になり得ますが、特に多いのは抗菌薬と抗けいれん薬です。術後抗菌薬をみだりにダラダラ使っていて、熱が下がらない。実はその抗菌薬が熱の原因だったりします。ぼくらが相談を受ける術後の発熱の3割くらいは薬剤熱のように思います。あと、予防的に出されるPPI(タケプロンやオメプラールなど)も原因になることがあります。PPIの処方は本当に多いですね。血球減少、肝機能異常、発熱、それから膠原線維性大腸炎(collagenous colitis)という副作用も知られていますから、適応を考えずにルーチンに処方するのは考えものです。
薬剤熱は、慣れると案外簡単に診断できるものです。ちょっとここでそのコツをお教えしましょう。
一般に感染症は「熱だけ」のことは少ないものです。患者さんの脈拍が速くなる、場合によっては血圧が下がる、酸素飽和度(saturation)が下がる、呼吸数が増える(呼吸数はとても大事なので必ずチェックしましょう)。あるいは意識状態の変化、苦しんでいる表情、冷や汗なんかも見られることがあります。検査も大事ですが、ベッドサイドも大事なんです。
で、薬剤熱の場合はこれら「熱以外」の情報に乏しいのが特徴です。熱は高いんだけど、患者さんはわりとケロッとしているんです。脈も熱の割に高くない(比較的徐脈といいます)。呼吸数も速くない。意識も清明。ご飯食べたり、スポーツ新聞やテレビ観てたりしてます。皮疹がでているとかなり薬剤熱っぽいですが、皮疹が出ないことも多いです。あと、血液検査のピットフォールとしては、好酸球が上がることはめったにないこと、それとCRPは8とか9くらいちょい上がりしていることはよくあります。CRP陽性=感染症ではない、ということです。
下腿の血栓、肺塞栓、偽痛風発作(膝に多いですが、環椎軸椎にできることもあります。Crowned dens syndromeといいます)は、布団をめくって丁寧に診察すると見つけることができることもあります。肺塞栓(PE)は造影CTをとらないと分からないこともあります。突然発症の呼吸困難、発熱、頻脈、レントゲン写真で肺炎像なし、、のときはこれを疑います。逆にARDSはレントゲンで肺が真っ白で、肺炎との鑑別は難しいことがあります。挿管患者ならおすすめは喀痰の性状とグラム染色(顕微鏡で見ること)です。肺炎なら膿性痰、グラム染色で細菌が見えることが多いですが、ARDSだと痰はほとんど出ず、顕微鏡でも細菌を見つけません。心不全もレントゲン真っ白で肺炎との区別が難しいこともあります(熱も出ます、ときに)が、喀痰の性状が全然違うのでここで区別できることがあります(いわゆる、しゃばしゃばの痰です、心不全の場合)。
感染症の場合
この場合、術後感染では鑑別診断は大きく分けると4つプラス1で大多数を占めます。
術後感染症の鑑別
1.尿路感染症
2.肺炎
3.創部感染(surgical site infection, SSI)
4.カテ感染
プラス
5. 下痢症(Clostridium difficile infection, CDI含む)
です。本当にこれだけ。片手で数えるしかないのです。あと、経鼻チューブが絡んだ副鼻腔炎とか前立腺炎とか、胆管炎・胆嚢炎、膿瘍性疾患なんかも時々見ますが、上の5つをおさえておけば「たいていは」大丈夫です。
さて、では術後感染症を疑ったら、どうアプローチしたらよいでしょう。
一番古典的な間違いは、次の3つのパラメーターに頼ってしまうことです。
1.体温
2.白血球
3.CRP
従来、この3つのパラメーターが異常になると「感染症」として抗生物質開始、というプラクティスがよく行われてきました。
けれど、術後感染症の鑑別疾患、尿路感染、肺炎、創部感染、カテ感染のいずれにおいても体温、白血球、CRPは上昇します。CDIでも上昇します。最近ではプロカルシトニン(PCT)という新しいバイオマーカーも登場しましたが、これについても同じことです。体温、白血球、CRP(それにPCT)は感染臓器を特定してくれないんです
感染臓器の特定は極めて大事です。例えば、術後の肺炎や尿路感染だと緑膿菌や大腸菌といったグラム陰性菌が原因になることが多いですが、カテ感染だとブドウ球菌のようなグラム陽性菌が原因になることが多いです。それぞれ治療薬が異なるのです(各論参照)。それに、治療期間もそれぞれ違いまして、肺炎の場合は多くのケースで1週間程度ですが、尿路感染だと2週間、場合によってはもっと長く治療します。深部創部感染、例えば縦隔炎などでは4週間とか6週間、場合によってはもっと長く治療することもあります。
感染臓器の特定って大事なんです。
では、感染臓器はどのように特定したらよいでしょう。
一番大事なのは、丁寧な診察です。一般に病歴も診断に役に立ちますが、術後感染症では病歴の有用性は限定的で、むしろ身体診察のほうがウエイトが大きいでしょう。呼吸音を聴いて肺炎がないかを考える、創部を丁寧に観察し、触診します。尿が濁っていたり、CVAノックペイン(肋骨脊柱角)がないか背中を診察する(背中の診察をはしょると蓐瘡感染を見逃したりします。要注意!)。
ただし、ぶっちゃけ身体診察だけでは診断に至らないことも多いです。ラ音が聞こえない肺炎、カテ刺入部に炎症所見のないカテ感染、一見尿が濁っていない尿路感染、体表面は正常なんだけど体内深部に感染を起こしている深部SSI、、、、こういうのは実に診断が困難です。
そこで、適切な検査が必要になります。
さて、ここも術後感染症は難しくありません。基本、必要な検査は大体決まっているのです。
術後感染症ワークアップで必要な検査
1.2セットの血液培養
2.胸部レントゲン写真
3.尿検査、尿培養
これを称してフィーバー・ワークアップ3点セットといいます。ぜひ覚えましょう。
血液培養はカテ感染の診断に必須ですし、尿路感染でもしばしば陽性になります。胸部レントゲン写真は肺炎の診断に使います。尿検査・尿培養は、、、言うまでもありませんね。
院内感染症の場合、身体診察だけで診断がつかないことは多いのですが、鑑別疾患が少ないために基本的な検査で大丈夫なのです、たいていは。
もちろん、血算、CRP、生化学検査などを行ってもよいのですが、すでに説明したように、これらで感染臓器や感染微生物が見つからないことが多いです。治療薬の選択にはあまり寄与しません。
もし深部SSIを疑ったり、肺炎を疑っているけどレントゲンはぱっとしないときなどはCTなど更なる精査を行います。でも、ルーチンで全例やる必要はありませんよ。
血液培養は必ず2セット採りましょう。2セットとは異なる場所から2回採血することを言います。1セットの血液培養とは、1回採血し、これを嫌気ボトル、好気ボトルに入れることを言います。それぞれのボトルに入れる血液の量は10ccずつ。つまり、1セットの血液培養で採血量は20cc、2セットだと40CCということになります。これが「正しい」血液培養の方法ですから、ぜひ覚えましょう。
なんで2回も採血するかというと、1回の採血では、ほんものの菌血症と皮膚にくっついている菌の混入(コンタミといいます)を区別できないからです。したがって、1回採血して4本のボトルに分注しても意味ありません。理由は明らかですね。
それから、これもよくある失敗例ですが、中心静脈ラインからの採血は避けたほうがよいです。カテーテル内壁にくっついている(けれども感染症を起こしていない)菌が紛れ込むリスクがあるからです。これで迷ってしまうことは、よくあります。まあ、採血の難しい人もいますから、どうしても、というときは仕方がないかもしれませんが、少なくとも1セットは必ず皮膚から直接穿刺して採血しましょう。昔は動脈からの採血とか静脈からの採血とかいろいろいわれていましたが、今はどちらから採っても大丈夫。あと、鼠径からの採血は簡単なので研修医が好んで行いますが、陰部が近くてコンタミを起こしやすいのでできるだけ避けたほうが賢明です。
小児の場合も血液培養は2セットが基本です。Cumitechの「血液培養検査ガイドライン」(松本哲哉・満田年宏訳 2007年)では、血液培養が1セットでもよい小児を「体重1kg未満の小児」としています。大抵の小児は体重1kg以上ありますから、ほとんどのケースで血液培養2セットは必要だ、ということです。たとえそれが小児であっても。
2014年から血液培養2セットはようやく保険収載されるようになりました。1セットで310点、2セットで620点算定可能です。「2セット必要なのは分かるけど、保険で切られるんでしょ」と嘆いていたあなた、これからは胸を張って堂々と血液培養2セットが可能です。
血液培養のまとめ
1.必ず2セット。
2.最低、1セットは皮膚から採血
3.1回採血量は20CC、2セットで40CC
4.抗菌薬投与「前」に必ず血液培養を採ること
5.血液培養に夢中になって、レントゲンや尿検査・尿培養を忘れないこと(よくあります)。
6.コンタミを避けるため、清潔手袋、マスクを忘れずに(異論もありますが、普通はイソジン消毒したほうがよいです)。
まとめ
・術後感染症の鑑別疾患は多くない。一つ一つ指さし点検、確認を
・感染症以外の鑑別を忘れない!
・ベッドサイドで診察しよう
・血培2セット、胸部レントゲン、尿検査・培養の「3点セット」を忘れない
・熱、白血球、CRP、、、、こっちの「3点セット」に引っ張られすぎないように。
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。