注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
生食用カキは非加熱で食べてもよいのか
ノロウイルスの感染成立ウイルス量は比較的少なく、約10-100個といわれている。潜伏期間は通常約1~2日で、症状の持続期間は平均2~4日であるが、不顕性感染や症状消失後の1~2週間でもウイルス排出が続く。ノロウイルスは化学物質への安定性が大きいため、10ppmの塩素などでは死滅せず一般的な消毒等でウイルスを不活化することが難しい。このような特徴から、ノロウイルスはヒトーヒト感染や二次感染など感染拡大が起こりやすい。
平成24年の食中毒発生状況をみると、総事件数1,100件のうちノロウイルスによる食中毒が416件(37.8%)、総患者数26,699名のうち17,632名(66.0%)を占めており、病因物質別では事件数、患者数ともに第1位である。散発性感染性胃腸炎の原因としても患者数全体の約24%あり、患者数は年間約135 万人と推測される。このように、感染性胃腸炎全体に占めるノロウイルスの割合は非常に大きい。一方、ノロウイルス食中毒で原因食物が特定された102件(総件数の約40%)のうち二枚貝が41件(40.2%)を占めている。ノロウイルスは本来カキなど二枚貝の体内には存在せず増殖もしないが、感染者の排出するウイルスが下水処理施設等からの放流水を通してカキ生産海域を汚染し、カキ体内で濃縮されるという汚染経路が実証されている。カキからのウイルス検出状況とノロウイルスによる感染性胃腸炎の流行状況にも関連がみられおり、生カキはノロウイルス感染の1つの大きな原因と考えられる。ちなみに、生カキ料理の喫食に関するアンケート調査では、一般消費者(18 歳以上)の約70%が年に数回以上生カキ料理を喫食しており、一食当たり100g 位喫食する人は約40%であり、50g 以下の人が35%、150g 位の人が約15%を占めていた。
カキを1~2 週間清浄な水域に留め置く処理や紫外線照射海水による浄化処理では有意差のあるノロウイルス除去効果は認められていないという報告もあり、ウイルス粒子が中腸組織と糖鎖構造を介して特異的に結合するため、従来の浄化処理ではカキ組織からノロウイルスを除去できないとする報告もある。また、実際に下水道処理施設等の放流水からノロウイルスの遺伝子が検出されており、現状ではカキからのノロウイルス除去や汚水処理施設でのノロウイルス除去は困難だと考えられる。一方、食品衛生法の規格基準では「生食用カキ」について、海水100ml 当たり大腸菌群最確数が70 以下の海域で採取され、細菌数50,000/g以下及びE. coli最確数が230/100g以下、さらにむき身の場合は腸炎ビブリオ最確数100/g以下であることを規定している。大腸菌は糞便汚染指標なので、同じく糞便汚染のノロウイルスについてもある程度の指標になるかもしれないが、ノロウイルス単独の基準は存在しない。ノロウイルス属のうちヒトに病原性を有するノロウイルスの検出法は現状ではPCR法しか存在せず、PCR法では102~104個以上、RT-PCR法では102~103個以上のウイルス粒子の存在で陽性となるが、感染成立量はこれらの検出感度よりも低い。PCR 法で検査の実測値10 コピー以上を陽性とすると、カキ1個当たりのウイルス量が125個以上存在しないと陽性と判定できず、陰性とされたカキでもノロウイルス感染性を有する可能性がある。実際に中腸腺を試料とした場合、生食用カキ1 個当たりのウイルス量は、125コピー未満が91.7%、125~500コピーが4.5%、500コピー以上は3.8%である。つまり、感染が成立しうるウイルス量かもしれないがPCR法で陽性と判定できない生食用カキが約9割も存在するということである。したがって、生食用カキのノロウイルス検査をするにも限界があり、新たにウイルス規格基準を設けることも現状では厳しい。
実際、市販のパック詰めむき身カキ157ロットを用いた調査では、市販生カキ全体のノロウイルス陽性率(総検体数に占める割合)は15.9%であり、生食用カキは12.9%、加熱加工用カキは24.4%であった。生食用カキの方が加熱加工用より陽性率が低いとはいえ、約1割強からノロウイルスが検出されている。仮に、一食当たり生カキを100g喫食する(一般消費者の約6割の喫食量)とした場合、100gが生食用むき身カキ約5個分に相当すると考えると、そのうち1個のカキがノロウイルス陽性になる確率は約13%×5個=65%にもなりうるということである。
現状では感染原因となる汚染水の浄化技術は不十分であり、生食用カキにはノロウイルスに関する基準がなく、市販の生食用カキの1割強からノロウイルスが検出されている。つまり、生食用にもかかわらず生食用カキを非加熱で喫食してノロウイルス感染を起こさないという保証はどこにもない。さらに、ノロウイルスによる感染性胃腸炎の患者数や食中毒件数の多さ、二次感染の起こりやすいウイルスの性質などを考慮すると、現状で生食用という規格を定めてよいのか疑問に感じられる。生カキの喫食自体がノロウイルス感染による食中毒や二次感染による感染性胃腸炎の発生に具体的にどのくらい影響するのかを調査したうえで、カキを加熱調理することで二次感染も含むノロウイルスによる感染性胃腸炎の発生件数や患者数の減少が見込めるなら、生食用という規格を撤廃し、CAC/GL 79-2012が推奨する90秒間以上の加熱(中心部温度が85~90℃)を義務づけるべきではないだろうか。
<参考文献> 食品健康影響評価のためのリスクプロファイル及び今後の課題 ~食品中のノロウイルス~ 食品安全委員会(2010年)
Joseph S. Bresee, Marc-Alain Widdowson, et al. Foodborne Viral Gastroenteritis: Challengesand Opportunities. Clin Infect Dis. 2002 Sep 15;35(6):748-53.
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