発癌に関与する寄生虫感染症について
WHOの外部組織である国際がん研究機関(IARC)はIARC Monographsにおいて、発癌因子の発がん性に関する科学的根拠の確実性を検討し、それぞれの因子をGroup1(ヒトに対する発がん性が認められる)、2A(おそらくヒトに対する発がん性がある:Probably carcinogenic)、2B(ヒトに対する発がん性が疑われる:Possibly carcinogenic)、3(ヒトに対する発がん性があるとは分類できない)、4(おそらくヒトに対する発がん性はない)の5段階で評価、分類している。IARC MonographsでGroup1~2Bに分類される寄生虫について、それぞれ概説する。
○ビルハルツ住血吸虫: Schistosoma haematobium (Group1)
S. haematobiumはサハラ砂漠以南アフリカ、ナイル川流域、中東地域、トルコ、インドに分布する住血吸虫である。成虫になる前のセルカリアの状態で淡水を介してヒトに経皮的に感染して、最終的に成虫が膀胱静脈叢へ寄生する。膀胱壁静脈へ産卵された虫卵によって膀胱、尿管壁に肉芽腫性炎症、潰瘍が出現し、続いて線維化が起こる。虫卵が膀胱粘膜から尿中に排出されるために生じる血尿と排尿痛が主な症状である。濃厚分布地域であるナイル川流域を国土に含むエジプトは、癌患者のうちの膀胱癌患者の割合がナイル川流域を国土に持たないアルジェリアの10倍であるという報告があるなど、膀胱癌との地理的相関性が強く示唆されている(2)。
○日本住血吸虫: Schistosoma japonicum (Group2B)
東アジア、東南アジアに分布し、S. haematobiumと同様、淡水を介してヒトに経皮的に感染するが、成虫の寄生先が腸間膜静脈叢、肝門脈であり、虫卵が肝臓や腸管に集積する点がS. haematobiumと異なる。諸症状を引き起こすのは血行性に体内各所に散布される虫卵で、急性期では腸粘膜内の毛細血管に栓塞して血管周囲炎や肉芽腫形成を生じ、細菌による二次感染が加わることで消化器症状が発現するが、次第に収まり慢性期へと移行する。慢性期では主に肝臓に炎症がみられた後に線維化が進行し住血吸虫性肝硬変となる。肝癌、胆管癌に関与するといわれ、日本ではS. japonicum感染症有病率と肝癌死亡率に関連性があるなどの報告もされているが、まだ十分なエビデンスは得られておらず、IARC MonographsではGroup2Bの評価となっている(2)。
○肝吸虫: Clonorchis sinensis (Group 1)
中国、韓国、ベトナム、日本、極東ロシアに分布し世界で3500万人が感染していると推測される(7)。淡水魚の生食により感染し、ヒトの肝臓内胆管へ到達することで胆汁のうっ滞と虫体による機械的、化学的刺激が生じ、胆管壁とその周囲に慢性炎症を生じさせる。それによって胆管の拡張や肥厚が生じるほか肝臓の間質の増殖、肝細胞の変性・壊死を生じ肝硬変へと進展する。胆管癌への関与が指摘され、C. sinensis感染群でのオッズ比は13.6との報告もあり、関係性は大きいと考えられる(3)。
○タイ肝吸虫: Opisthorchis viverrini (Group 1)
タイ、ベトナム、カンボジア、ラオスなど淡水魚の生食習慣のある地域に分布している。O. viverrini感染症の有病率はタイにおいてはメコン川流域であるタイ北東部で高く、1980~1981年において北部、北東部、中部、南部でそれぞれ5.6%、34.6%、6.3%、0.01%であった(3)ほか、特に濃厚な感染地域である一部の村落では有病率が90%であったとの報告もされており(7)、風土性の高さが伺える。感染経路、臓器や臨床症状はC. sinensisと同様である。Parkinらの報告では、タイ北東部の都市Khon Kaenにおける1985年の胆管癌の10万人あたり年齢調整罹患率は男性84.6人、女性36.8人だったのに対し、その他の国・地域 (Chiang Mai(タイ北西部)、日本、香港、シンガポール、フィリピン、イタリア、フランス、スイス、ポーランド、スペイン、フィンランド、アメリカ、デンマーク、コスタリカ、プエルトリコ、スロベニア、スロバキア、スコットランド、イスラエル、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア)では男性0.2-6.1人、女性0.1-4.8人と、著明な差が認められている(5)。
○熱帯熱マラリア原虫: Plasmodium falciparum (Group2A)
熱帯・亜熱帯に広く分布し、マラリア原虫の中でも臨床的に最も悪性で早期診断・治療が必要とされる熱帯熱マラリアを引き起こす。P. falciparum単体での発癌性は強くは示されていないが、EBVと同時に感染するとP. falciparumがBurkittリンパ腫の原因として知られるEBVを再活性化させるため、P. falciparum流行地域である赤道アフリカやパプアニューギニアで発生する地域性のBurkittリンパ腫に関与していると考えられ、Group2Aに分類される。
【参考文献】
(1) IARC Monographs-Classifications http://monographs.iarc.fr/ENG/Classification/index.php
(2) IARC Monographs volume 61: “Infection with Schistosomes”,
(3) IARC Monographs volume100B: “Opisthorchis Viverrini and Conorchis sinensis”, “Schistosoma haematobium”
(4) IARC Monographs volume 104: “Malaria”
(5) Parkin et al. “Cholangiocarcionoma: epidemiology, mechanisms of carcinogenesis and prevention.” Cancer Epidemiol. Bioarkers Prev. 1993;2,:537-544
(6) UptoDate “Epidemiology, pathogenesis, and clinical features of schistosomiasis”
(7) UptoDate “Liver flukes: Clonorchiasis and opisthorchiasis”
(8) 寄生虫学テキスト(第3版) 上村清、井関基弘、木村英作、福本宗嗣著 文光堂
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