注意! これは神戸大学病院医学部5年生が提出した感染症内科臨床実習時の課題レポートです。内容は教員が吟味し、医学生レベルで合格の域に達した段階 で、本人に許可を得て署名を外してブログに掲載しています。内容の妥当性については教員が責任を有していますが、学生の私見やロジックについてはできるだ け寛容でありたいとの思いから、(我々には若干異論があったとしても)あえて彼らの見解を尊重した部分もあります。あくまでもレポートという目的のために 作ったものですから、臨床現場への「そのまま」の応用は厳に慎んでください。また、本ブログをお読みの方が患者・患者関係者の場合は、本内容の利用の際に は必ず主治医に相談してください。ご不明な点がありましたらブログ管理人までお問い合わせください。kiwataアットmed.kobe-u.ac.jp まで
予防接種における、皮下注射と筋肉内注射のメリットとデメリットについて
日本では、各ワクチンの添付文章において、BCG(経皮)やHPVワクチン(筋肉内)やHBワクチン(筋肉内or皮下)以外はほぼ全てのワクチンの投与経路を皮下注射としている。一方で、Centers for Disease Control and Prevention(CDC)では、麻疹、風疹、流行性耳下腺炎、水痘などは皮下注射、DPT、DT、インフルエンザウイルスなどは筋肉内注射を推奨している(1)。諸外国と比べ、推奨される投与経路が異なる今の日本の予防接種の事情について、筋肉内注射と皮下注射のそれぞれのメリット・デメリットから考察してみる。
筋肉内注射のメリットとしては、皮下注射よりも副反応が少ない点が挙げられる。Cookらの研究(2)によると、720人の高齢者に対して、インフルエンザウイルスワクチン(H1N1、H3N2、B)を360人に筋肉内注射、360人に皮下注射をして比較した結果、副反応において、腫脹、圧痛などの局所の反応が皮下注射の方に有意に差をもって多く見られた(筋肉内:10.96%、皮下:32.86%)。インフルエンザウイルスワクチンのような不活化ワクチンは生ワクチンと比べて免疫系が活性化されにくく、アジュバント(抗原性を補強する作用により免疫系を活性化させる物質)が含まれており、それによって皮下投与すると局所反応が起きやすいとされている(3)。また、血流が豊富な筋肉の方が不活化ワクチンの免疫系をより強く活性化するという点もメリットとして挙げられる。
筋肉内注射のデメリットとしては、腋窩神経麻痺や血管損傷を生じさせる危険があることが挙げられる。もちろん、注射した際に痛みや痺れが無いことや血液の逆流が無いかを確認することで、ある程度は防げることではある。
皮下注射のメリットとしては先ほど述べた通り、腋窩神経麻痺や血管損傷を生じさせる危険が低いことが挙げられる。皮下注射のデメリットとしては、局所の副反応が筋肉内注射よりも多いことが挙げられる。
以上のことから、インフルエンザウイルスワクチンやDPTワクチンといった不活化ワクチンは、日本においても皮下注射より筋肉内注射で投与する方が良いと思われる。では何故、日本ではそうではないのかというと、筋肉内注射において大腿四頭筋短縮症という合併症が過去に問題となったということが挙げられる。現在では、筋肉内注射で投与された抗生剤のクロラムフェニコールといった薬剤が筋肉に障害をもたらしたとされている。こういう経緯から、筋肉内注射としての承認が避けられていたのだと考えられるが、医療従事者側は添付文章で書かれている投与経路にただ従うだけではいけない。それぞれのワクチンがどの投与経路で強い免疫反応が得られ、またどれほどの頻度で副反応が認められるのかを把握した上で投与経路を選択すべきである。
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参考文献
(1)Centers for Disease Control and Prevention Recommendations and Guidelines:Vaccine Administration:Dosage, Route, Site
http://www.immunize.org/catg.d/p3085.pdf
(2)Cook IF,et al. Reactogenicity and immunogenicity of an inactivated influenza vaccine administered by intramuscular or subcutaneous injection in elderly adults. Vaccine 2006;24:2395-2402
(3)臨床に直結する感染症診療のエビデンス―ベッドサイドですぐに役立つリファレンスブック 文光堂
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