さて、[心得20]の乳がん検診に続き、胃がん検診です。
胃がんは日本にとくに多いがんなので、海外のデータは使いにくいです。日本でも胃がんにかかる人、そして死亡する人は減少傾向ですが、それでもまだまだ多いです(http://ganjoho.jp/pro/statistics/gdball.html?4%2%1から「罹患」「死亡」で、「年次推移」を調べるとグラフがでてきます)。
で、胃がん検診が事業化されているのですが、それってどれくらい効果があるものなのでしょうか。
胃がん検診は具体的には
胃X線検査
胃内視鏡検査(いわゆる胃カメラ)
ペプシノゲン検査
ヘリコバクター・ピロリ抗体検査
のどれかが行われます。ヘリコバクター・ピロリというのはいわゆる「ピロリ菌」というやつで、胃がん(など)の原因となるバイキンです(http://ganjoho.jp/public/cancer/stomach/)。
で、厚労省の助成金を受けた研究班によると(2006年 http://canscreen.ncc.go.jp/pdf/guideline/gastric_guide060714.pdf)、
・胃X線検査には死亡率減少効果を示す直接的証拠を認めた。
とありますが、内視鏡、ペプシノゲン検査については直接的証拠なし。ピロリ菌抗体についても、直接、間接的証拠が不十分ということでした。あとの3つは「普通の健診」には勧められない、ということです。ただ、胃X線検査のほうも、症例対照研究という方法をとっており、本当に検診の効果によって胃がん死亡率が減ったのかという問題は残りますし、また胃X線検査そのもののリスク(放射線による副作用)のリスクがきちんと吟味されていないのが問題です。
したがって、胃がん検診が本当に集団に対する検診として正当化できるか、というと微妙なところだと思います。また、よく行われているペプシノゲン検査などは検証不十分なので、検診に導入してしまうのは問題です。まあ、日本の専門家って最新のテクが大好きなので、むしろこういうのに飛びつきがちですが。
このように、日本で行われているがん検診は、データ、証拠が不十分なままでなんとなく事業化されていることが、割と多いのです。本当にそれが必要なのか、単なるお金の無駄(あるいはある人達のお金儲け)になっているのかは、もっときちんと検証すべきだと思います。
ちなみに、ピロリ菌は胃がんの原因だから、ピロリ菌を殺せば胃がんは減るはずだ、と思うじゃないですか。ぼくもそう思います。
ところが、ピロリ菌の排除で胃がんが減るか、あるいは胃がんによる死亡が減るかという研究はまだ十分に行われていません。このへんは議論の余地があるところです。また、除菌には3種類の薬を使いますが、その薬の副作用の害とのバランスを検証した研究はまだありません。要するに、「どっちが得か」、ぶっちゃけ教えてくれるわけではないのです。
このように当然のごとく行われている胃がん検診事業ですが、案外その正当性を強く説得するほどの科学的バックグラウンドは少ないのです
とはいえ!
このように当然のごとく行われている胃がん検診。その一方で、胃がんは多くの人の生命を今も奪っていることもまた、事実です。
忘れられない患者さんがいます(ま、「忘れられる患者さん」でいたほうが、患者さんとしてはよいのですが。ぼくは「うまく治癒できた患者」はわりと忘れてしまいますが、「残念ながら治癒に至らない患者」のことばかり覚えているもので)。
30代の男性。バリバリの企業戦士でした。日本どころか、世界でも知らない人はいないだろう超大企業で、「24時間戦えますか」的企業戦士でした。
彼が「体がだるい、疲れがとれない」とぼくの外来を訪れた時は、もう彼の胃はがんで侵され、そのがん細胞は体中に広がっていました。しばらくして彼は逝去し、ぼくは残された奥さんの悲痛を受け止めることができないと知りつつ、受け止めようとしました。
こういう苦い思いはしたくない。だから、なにはともあれがん検診だ。そういう情念は、痛いほど理解できます。その情念が我が判断を曇らせてはならない。理性と知性がなくては医療者にはなれません。しかし、そのような情念なくして、医療者でいる資格が無いのも、また事実です。その間を、我々は無様に行き来し、葛藤し続けるのです。
夕張におりました(現在は鹿児島)森田です。
ご存知とは思いますが念のため、以下メタ分析をご紹介させて頂きます。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19620164
このデータもそのまま取りあげるには様々問題がありますので、その上で「まだ議論の余地がある」とのご意見だとお察し申し上げます。(それはそれで納得です)。
ただ、論文も幾万とありますので、万一お読みでないこともあるかと思い、杞憂とは存じましたが、ご連絡申し上げました。
お許し頂けまずと幸いです(^^)。
投稿情報: Fujicof | 2013/08/07 10:45