複合性局所性疼痛症候群(CRPS; complex regional pain syndrome)は痛み、腫脹、可動性制限、血管運動障害、骨脱灰を主徴とする疾患である。CRPSには2タイプあり、90%を占めるCRPSⅠ型は明らかな神経損傷が存在しない型で、原因がはっきりしないこともあるが、主に組織損傷や骨折によって生じる。一方、CRPSⅡ型では末梢神経障害が存在する。CRPSの病態生理は完全には解明されていないが、検査所見や放射性医学検査の所見のみでは診断できず、臨床症状(局所の発汗、疼痛)によって診断をつける[1]。CRPSの原因は色々あるので、それぞれの患者の背景に合った予防・治療が推奨される。治療法としては、理学療法・作業療法・薬物療法などが存在するが、CRPSの診断がついたらすぐに始めるべきであり、特に、早期のリハビリ開始が大切である。病期が進むと、CRPSの進行を逆戻りさせることは難しくなる。特に治療に反応が悪い患者には、星状神経節ブロックによるペインコントロールを考慮すべきである[2][3]。
CRPSは、重傷・軽傷の外傷、手術や脳血管障害[2]に続いて発症することが多いが、他に感染症や頸部神経根障害、心筋梗塞[4]、精神的ストレスなどでも起こり、何も誘因がなくても発症することもある。2012年の論文には、ワクチン接種後のCRPS-Ⅰについての英国の4件の症例報告が掲載されており、注射によるワクチン接種時の皮膚の刺し傷が誘因であるとされている[4]。日本では、2013年から定期接種に追加されたHPVワクチンの副作用と、CRPSの関連の有無が注目されている。現在、HPVワクチンは2種類あり、HPV16型・18型に対するCeravrixとHPV6型・11型・16型・18型に対するGardasilがある。
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Cervarix (HPV16型・18型) |
Gardasil (HPV6型・11型・16型・18型) |
Japan |
厚生労働省HP:販売開始からの累計副反応報告頻度を掲載。CRPSとして報告された症例のうち、典型的なCRPSと診断されたものは無い。[5][6][7] |
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Australia |
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TGA(オーストラリア保険省薬品・医薬品行政局)報告(2011年): 6つの二重盲検ランダム化臨床研究されているが、GardasilによるCRPSに関する記述無し[8] 豪州政府HP:世界120ヶ国で延べ9700万回分以上が接種されており、安全性が確立されていると記載[9] |
UK |
MHRA(英国医薬品庁)報告: 4年間(2008〜2012)の延べ600万回超のCervarix予防接種における、CRPSを含めた副作用に関する詳細な検討(欄外) |
2012年9月〜予防接種に使用 MHRA報告:副作用は今後、詳細に検討予定 |
オーストラリアやイギリスでは日本に先駆けて予防接種へのHPVワクチン導入が早く、詳細な検討がされている。MHRAによる報告では、ワクチン接種の対象とされた青春期の女性においてCervarix接種後のCRPSが生じたという報告数は偶然の域にとどまり、Cervarix自体の副作用としてCRPSがあるという十分なエビデンスはないと結論づけられており、Cervarix接種の利益はリスクを上回ると結論づけられている[10]。
市民団体がCRPSについて訴えるのを報道する内容があるが、その報道に関しては十分な科学的裏付けがなさそうである。HPVワクチンにはHPV感染に関連する疾患に対する予防効果が見込まれており、CRPSとHPVワクチンの関連について詳細が分析されていない現時点では、HPVワクチンを中止すべきだとは言えないのではないかと考えられる。MHRAの報告を踏まえると、今後はHPVワクチンとCRPSについて情報を収集し、因果関係の有無を分析しつつ、HPVワクチン接種に関しては推奨していくべきではないかと私は考える。
参考文献
[1]Up To Date: Etiology, clinical manifestations, and diagnosis of
complex regional pain syndrome in adults
[2]Up To Date: Prevention and management of complex regional pain syndrome in
adults
[3]ハリソン内科学 第4版 p2908
[4]Arch Dis Child 2012; 97: 913-915
[5]厚生労働省 cervarix副作用:http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000032bk8-att/2r98520000032bpt.pdf
[6]厚生労働省 gardasil 副作用:http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000032bk8-att/2r98520000032bq2.pdf
[7]厚生労働省:http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000032bk8-att/2r98520000032brb.pdf
[8] TGA報告(2011年) Gsrdasil : http://www.tga.gov.au/pdf/auspar/auspar-gardasil.pdf
[10]MHRA資料 December 2012:http://www.mhra.gov.uk/home/groups/pl-p/documents/websiteresources/con213228.pdf
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